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生活保護、高齢者世帯の受給増加により過去最大に。社会保障ってそもそもなんのため?

生活保護が色んな場面でやり玉にあげられることが多い昨今。調査の結果、昭和26年以来、最大の受給者世帯数になったとのこと。その大きな割合を占めているのが高齢者ということもあり、日本における社会保障に対する冷たい視線が強まりそうです。NHK News Webが報じています。



生活保護を受けている世帯は、ことし8月の時点で160万9000世帯余りとなり、高齢者世帯の増加で過去最多を更新しました。

厚生労働省によりますと、ことし8月に生活保護を受けた世帯は、前の月より836世帯増えて160万9830世帯でした。
受給世帯の伸びは落ち着いてきてはいるものの、昭和26年に統計を取り始めて以降、最も多くなりました。
内訳は、65歳以上の「高齢者世帯」が最も多く、前の月よりおよそ1300世帯増えて75万7000世帯余りと、全体の半数近くを占めています。
次いで、働くことができる世代を含む「その他の世帯」が18%、けがや病気などで働けない「傷病者世帯」が17%、「障害者世帯」が12%などとなっています。
一方、生活保護を受けた人の数は前の月より564人減って、216万3152人でした。
厚生労働省は「働くことができる世代で仕事に就く機会が増えるなどしたため受給世帯の伸びは鈍くなっているが、独り暮らしの高齢者の増加などで受給世帯の増加が続いている」と分析しています。

via: 生活保護の受給世帯 過去最多を更新 NHKニュース

 

増える高齢者世帯受給

予想されていたことが現実になっている、といったところでしょうか。あまり驚くに値しないニュースかと思います。少子高齢化社会において高齢者世帯の絶対数増加が起これば、必然社会保障における割合も大きくなることは当たり前です。

 

ただ、ここで怖いところは「独身世帯」がそれを担っている、といったニュアンスも含まれているところでしょうか。「貧しさ」とは、あらゆる繋がりから逸脱した状態だとも言われています。頼れる人がいない、頼れる金がない、頼れるシステムがない(あるいは知らない)といった状況のことですね。

 

イタリアやスペインの経済危機の中でも若者の自殺率が低いのは、家族と暮らすことが社会的にあまりおかしくないことも理由のようです。お金がなければ家族、親類と暮らすことができるのでなんとか食いつなぐことができているというわけです。しかし、どうやら今回注目されている世帯はそういった「繋がり」を持っていない世帯のようにも感じられます。

 

そもそも社会保障とは

ところで、そもそも社会保障とは一体どんなもので、何を目的としたものなのでしょうか。最近では生活保護や高齢者の医療保険などに批判が集まっていますが、どのような論理でそれを批判しているのでしょうか。

 

社会保障(しゃかいほしょう、: Social security)とは、個人的リスクである、病気けが出産障害死亡老化失業などの生活上の問題について貧困を予防し、貧困者を救い、生活を安定させるために国家または社会所得移転によって所得を保障し、医療介護などの社会サービスを給付すること、またはその制度を指す。社会保障という言葉は社会福祉と同義で使われることも多いが、公的には、社会福祉の他に公衆衛生をも含む、より広い概念である[1]

via: 社会保障 – Wikipedia

 

Wikipediaからの引用です。社会保障とはごく簡単に言って「所得の移転による貧困者の生活安定」が目的であるということですね。貧困者の生活の安定は、国民が将来に対してある程度の安心感を持つことや、それによってチャレンジを恐れずに行えるセーフティネットとしての価値があります。

 

福祉国家の誕生はいつから?

そもそも国家の役割とは社会保障だったのでしょうか。歴史を紐解いてみると、およそ権利といわれるものは当初「自由権」と呼ばれる類のものでした。国家からの干渉や、その圧政を防ぐものとしての「権利」だったのですね。法律にない犯罪で勝手に捕まらない権利や、課税は気まぐれではなく国会の審議が必要であるなど、国家「からの」自由であったわけです。

 

しかし産業革命による労働構造の大きな変化に伴い、次第に国家による国民への保障が必要になってきました。過酷な労働による死や(契約は違法ではない)、大量生産による公害問題など、市場に全てを任せるだけでは国民の生活が極めて不安定なものになってしまうことが明らかになったからです。

 

そこから生まれたのが「社会権」といわれ、いわゆる「労働権」「生存権」「教育権」などがその代表となります。国家「による」自由と言い換えることができるでしょうか。国民の生活に国家が積極的に介入することで国民の生活を安定させるようになったのです。

 

しかし、これは同時に国家運営に莫大な予算がかかることと同義であり、アメリカでは皆保険制度に大きな不満があったことからもわかるように(オバマ氏は完全に力を失っていますね)国家によっては不人気なやり方でもあります。

 

決断は国民に委ねられている

さあここまで見てくると、それなりに中心となるトピックが見えてきます。すなわち、私たちはどのような国家を選ぶのか? というポイントです。社会保障を行う=大きな政府、の問題点については北欧などでも盛んに議論されています。決して福祉国家=最高の国家体制とは限らないわけですね。

 

老害はさっさと死ね、という過激な発言がインターネット上では散見しています。しかしこれは特定のカテゴリに属したものにセーフティネットを提供することをやめろ、といっていることでもあります。セーフティネットの提供をやめることはすなわち、国家が特定の人たちを見放すことを意味しています。

 

「特定の人を見放すことがあり得る国家」に対して、どのように私たちは安心を持つことができるのかは難しい問題です。とりわけ、高齢者というのはおよそあらゆる全ての人が最終的には落ち着くカテゴリであり、その「自動的」に自分も入ることになるカテゴリを見放すことを正解とするのはなかなか怖いものがあるのではないでしょうか。(将来自分が見捨てられる可能性を受け入れるということです)

 

まとめ

簡潔にまとめると、「社会保障とは国家の役割であるが、義務ではない。それを選ぶのは国民である」ということと、「高齢者というカテゴリを見捨てることは将来の自分の安定を自ら手放すことである」ということでしょうか。

 

とはいえ、増え続ける社会保障費が問題になっているのも事実ですし、このままだと現行の社会保障を続けることは予算的に不可能だと言われています。そんな社会に対して今後、政府が取り組むべき姿勢については以前書いた記事にまとめてありますので是非ごらんください。

 

それが、再社会化志向です。紙幅の関係であまり書けないのですが、簡単に言うと「いかに社会保障で人を助けるか」ではなく「いかに社会保障を受けないでもいい状態を作り出すか」「社会保障を受けたとしても、いかに早く自立出来るよう援助するか」という観点を持つということです。老人介護の場合など、単に社会保障で援助を行うだけではなく、要介護レベルを上げないような予防的治療が有効でしょう。また、生活保護の場合は生活の援助に留まらず就労支援に力を入れることで「再社会化」を容易にすることが出来ます。これは一時的な出費の拡大は避けられませんが、その後の費用の拡大を抑えるために非常に重要な効果を持つでしょう。

via: フードスタンプ利用激増? アメリカにおける新自由主義の行く末は | キジトラ速報

 

国家の棄民政策は今でも批判のやり玉に挙げられる問題です。ただ「老害は早く死ね」と叫ぶばかりでは、国家としての安定性は下がるばかり。大事なのはいかに支出を抑制するような「再社会化志向」の福祉国家に変化していくかということです。濡れるのは嫌だと言いながら雨の中突っ立っているくらいなら、まずは傘を買いましょう。売っている場所がわからないなら調べればいい。簡単なことです。

 

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46288ce729922e698075a1a639f8dfb9 生活保護、高齢者世帯の受給増加により過去最大に。社会保障ってそもそもなんのため?




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コメント

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  • コメント (3)
    • キジトラさん
    • 2014年 11月 08日

    >簡潔にまとめると、「社会保障とは国家の役割であるが、義務ではない。

    憲法で日本国民が文化的な生活をおくれるようにする、というのは義務ともとれるんじゃないですかね?。国民側から見ればそれが権利となりえるわけで。これは憲法との整合性のように思います。義務でないのならば憲法で国民が文化的名生活を送る権利というような文言を変更しないといけません。と思いますが。

    >それを選ぶのは国民である」ということと、

    国民でもあるのですがその根本は憲法ですから。憲法で保障されてればそれなりの生活保障を政府に望むのは当たり前じゃないでしょうか?

    >「高齢者というカテゴリを見捨てることは将来の自分の安定を自ら手放すことである」ということでしょうか。

    ここはそのとおりだと思います。自分が保護される可能性を股駈考えない人って、単にリスキーな事が好きなだけか只のバカだと思います。

    >国家の棄民政策は今でも批判のやり玉に挙げられる問題です。ただ「老害は早く死ね」と叫ぶばかりでは、国家としての安定性は下がるばかり。大事なのはいかに支出を抑制するような「再社会化志向」の福祉国家に変化していくかということです。濡れるのは嫌だと言いながら雨の中突っ立っているくらいなら、まずは傘を買いましょう。売っている場所がわからないなら調べればいい。簡単なことです。

    これは根本的に制度を変えないといけない時期にきてると思うんです。それが正解だと臣うんですけどねえ。

    • 親父
    • 2014年 11月 08日

    日本人のみ支給して欲しい。

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 11日

    年金は廃止で。年金に流れる年100兆円のキャッシュフローがあればベーシックインカムが楽勝。

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