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言論の自由と日本。シャルリー・エブド襲撃事件から見える「言論の自由」の今

数々の知識人があのフランスで起きた痛ましい事件に対してコメントをしています。フランスの「言論の自由」の歴史から考える人や、ヘイトスピーチと絡めてとらえる人、欧州という集団に対して限界を感じる人もいれば、これが連帯の始まりだという人もいますが、日本の憲法と言論の自由とはどのように位置付けられているのでしょうか。



 

表紙には「私はシャルリー」のサインを掲げた預言者ムハンマドが、「すべてを赦す」というキャプションとともに描かれている。

「シャルリー・エブド」の最新号はGoogleやフランスの新聞「ル・モンド」、その他の組織の資金援助を受けて300万部発行の予定。これまでの通常の発行部数はおよそ6万だった。

 

via: 「シャルリー・エブド」最新号、表紙は「私はシャルリー」のサインを掲げたムハンマド(画像)

情報整理

まずは簡単に情報を整理してみましょう。といっても、この事件ははテレビや新聞など多くのメディアで取り上げられ世界的に大きな事件であるためみなさんもご存知かとは思います。

 

1月7日にフランスの首都パリにある新聞社に男が押し入り12人を殺害し、何人かを負傷させた事件です。現在までに出頭した容疑者を除くと、逃亡しているのは以前イラクへ兵隊を送ったとし逮捕歴があるシェリフ・クアシ容疑者とその兄のサイド・クアシ容疑者が逃走していました。

 

そのあと2人は車で逃亡しパリから離れた40キロの北東の工場で人質を1人と立てこもり、日本時間の10日午前1時過ぎに、警察との特殊部隊が突入し、銃撃戦に発展。結果、両容疑者は死亡し、人質は解放されました。

 

一方、この工場への突入のわずか10分後にパリ市東部にあるスーパーで8日に女性警察官を射殺したアメディ・クーリーバリー容疑者が複数の人質をとりたてこもった事件が発生しました。その現場でも、警察は特殊部隊を突入させ、その突入により容疑者は死亡し、その人質も容疑者により既に殺されていたと警察は発表しています。

 

容疑者とともに行動していたとされる女性がおり、現在もなお警察は彼女の行方を追っています。この容疑者は、スーパーに立てこもっている際にインタビューに答えアルカイダの指令だったと答えています。

 

今回、襲撃された新聞社

風刺画などを掲載する新聞社シャルリー・エブドで、多度にわたりイスラム国やイスラム教の風刺画を掲載していたということです。以前、この新聞社に火炎瓶が投げ込まれるなどの事件があり標的になっていた可能性があります。

 

警察は、こういった事情を考慮し、新聞社に対し彼らに与えるような風刺画などの掲載をやめるように要請しましたが、今回の事件の被害者でもあり、新聞社の編集長は、脅しやテロに屈しないとの姿勢を示し要請に耳を傾けませんでした。

 

彼は、フランスの歴史上最も、尊重されていた自由、平等、博愛といった権力による強制に屈したくないとの気持ちであったのだろうと思います。といっても、フランス国内でもやや「色物」「過激であり好ましくない」といった印象を持たれていた雑誌であることも忘れるわけにはいかないでしょう。

 

憎しみの連鎖

オーストラリアなど世界各地で、国際テロ組織のアルカイーダやイスラム国などによるテロが多発していることから、イスラム教徒への嫌がらせや攻撃が多くなっているのが現状であります。

 

アメリカでは、CIAがイスラム教徒を拷問したとのニュースが出ており、世界的にイスラム教への風当たりは強くなってきます。フランスの大統領のオランド氏は、今回の事件は凶悪なテロリストの行為でありなんらイスラム教の進行とは関係ないことだと述べています。

 

今後も、このテロ事件に関係のないイスラム教徒に対する見方が変わっていくのは否定できない。そして、その嫌がらせや攻撃などが新たな憎しみを生み、このような悲劇を引き起こすかもしれません。

 

もし日本なら? 法的解釈

今回の新聞社襲撃事件は、国際社会において大きな衝撃と悲しみを与えました。なぜなら、新聞社とは、「表現の自由」を象徴するものであるからです。日本においては、憲法21条により「表現の自由」は保障されています。

 

「表現の自由」は、人格を発展させるという個人的な価値(=自己実現の価値)、国民が政治的意思決定に関与するという民主政に資する社会的価値(=自己統治の価値)いわゆる二重の基準論というものから保障されるべきとされています。

 

今回の襲撃事件は新聞社であり、「表現の自由」により保障されている「報道の自由」が侵害されているといえます。なぜ、報道の自由が21条により保障されているかというと、報道は民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、国民の知る権利に奉仕するものであるからです。

 

今回の事件にあてはめると、明らかに「報道の自由」が侵害されています。しかし、憲法の前提は、国家権力から私たちの人権を守るためのものであります。そのため、原則、私人間での適用はできません。

 

しかし、近年は企業といった媒体の権力が私たちの人権を脅かす時代になっていることなどから、私法の一般条項(民法90条)に憲法の趣旨を取り込んで解釈・適用することにより間接的に私人間の行為にも適用することができます。

 

結果として、「報道の自由」を侵害している点ため、憲法違反になると思いますが、今回の事件はそれだけでは解決できません。刑法上、容疑者たちは様々な犯罪を犯しているといえます。刑法では、皆さんも用意に想像がつくと思いますが、殺人罪(199条)が成立します。他にも多くの犯罪が成立することは想像できます。

 

まとめ

このように、日本における法的解釈においても様々な考え方が取られており、「フランス国内」の問題として捉えた時にこのテロがどのように扱われるべきなのか、そしてなかんずくシャルリー・エブドのような「侮蔑的表現」を言論の自由とのバランスの中でどう考えていくのかは、歴史的経緯もあり即断することはできません。

 

このような事件は、フランスだけの問題ではなく、他の国にも言える事です。最近では、イスラム国に協力するために戦地へいった若者がいるとの報道が相次いでいます。日本においても、北海道の学生が、イスラム国へ参加しようとしているとのことで問題となりました。

 

一番の問題点は、このよう一般市民がテロリストになりうるということです。彼らは、戦地へ行き爆弾の作り方や銃の訓練をうけ、自国に戻りテロ行為を行うといった行動にでています。もしかしたら、隣にテロリストが住む時代がくるのも近いかもしれません。

 

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コメント

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  • コメント (2)
    •  
    • 2015年 1月 17日

    権利は与えることしか出来ないもの。
    どれだけ私はこの権利がほしいと叫んだところで、相手がそれを承諾しないかぎり権利は発生しない。
    つまり権利とは、人と人との関係性のなかでしか存在できない抽象的概念です。

    したがってフランス人の価値観が、表現の自由は宗教にまさると主張しても
    イスラム教徒の宗教は国家を超えるという価値観においては許容できない主張です
    したがって表現の自由は権利として不成立です。

    • キジトラさん
    • 2015年 1月 17日

    今回の事件はイスラム教徒のカウンターです。
    日本のしばき隊と同列に見ないといけない。
    事件の規模、被害の大きさは違えどイスラム教徒の行動は
    しばき隊のとるデモのカウンターと同一な思考でしかない。

    ここに本質があります。

    カウンターという行動がどれだけみすぼらしくアホらしいか。
    しばき隊は猛省すべしですね。

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