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増えすぎた大学ー少子化と教育問題

2018年と聞いて何を思い浮かべるでしょうか? 少子化、というワードに興味をお持ちの方はご存知かもしれません。近年横ばいが続いていた18歳以下の人口が一気に下がり出す時期なのです。すなわち、大学に進学する人数に直結してくる=大学淘汰の時代というわけです。そうはいっても、そもそも大学ってそんなに必要なんでしょうか。教育の本来の目的とは何か、考えてみました.



大学全入時代

大学への進学率が50%を越え、(お金があって、大学を選ばなければ)誰でも大学に入ることが出来る時代になったのはどうやら2009年頃。5年程前から厳密な統計レベルでも数字が出てきているようです。(全大学の定員数よりも若者の数が少ない状態のこと。全員が大学入学希望者でないことは忘れてはならない)

 

全入とはあくまでも全大学の定員数を統計した上での問題であり、誰もが志望する大学・学部に入れる、浪人生が存在しなくなるというわけでは決してない。この問題は2009年問題もしくは2007年問題とも呼ばれたが、少なくとも2007年度入試では発生しないことが明らかになり、数年後へ先延ばしになるであろうという状況となっている。2011年現在、その問題が発生したかどうかは不明である。

しかし、実際には2000年頃から既に入る大学学部さえ選ばなければ、経済問題などを除く入学選抜のみの点では、誰でも入学できる状況になっている。

高等教育機関である大学自体が市場原理によって淘汰される時代に入ったため、大学崩壊や大学のレジャーランド化が叫ばれるなか、高等教育機関としてのあり方、教育研究の新しいあり方をいかにして各大学が発展させ、学生の質・量を確保するかが問われている。

 

via: 大学全入時代 – Wikipedia

 

そもそも大学に入る目的って

全入時代に入る前から、いわゆる大学生の学力低下がネタになってきたのはここ10年くらいのことでしょうか? 「算数の出来ない大学生」という本が世間を賑わしたのが2001年頃なので、もう15年くらいになるようです。そもそも大学に入る目的ってなんだったんでしょう。本来であれば学問を修める場所であったものが難易度の低下、入学率の上昇と共に「就職活動のため」が半分を越えているのが現状のようです。

 

 Check Studentsが首都圏の大学生を対象に実施したアンケート結果によると、大学に入学した理由は、「就職のため」が最多で50%に上るものの、就職活動に向けて何らかの準備をしているのは22%であることがわかった。

 同調査は、3月15日~3月31日に、首都圏の大学2~4年生を対象としたインターネットアンケートを実施。116人の回答を得た。

 学歴について、「自分自身の学歴は気になる」(はい:75%、いいえ:25%)、「学歴は就職活動や将来において大きく影響する」(はい:77%、いいえ:23%)となり、学生の4人に3人は学歴を気にしている。

 大学に入学した理由(複数回答)は、「就職のため」がもっとも多く50.0%、次いで「学歴の取得」47.4%、「学びたい学問、資格のため」40.5%、「やりたいことを見つけるため」33.6%、「教養・人間性をつけるため」27.6%、「みんなが行くから」19.0%、「なんとなく」9.5%が続いた。

 一方、就職活動に向けて何らかの準備をしているのは22%で、73%はしていない、5%は就活しないと回答した。このことについて、Check Studentsは、「実際、大学生活がスタートすると充実感に浸り、新学期の今、就職活動の対策の意識が薄れている。」と分析している。

via: 大学に入学した理由、最多は「就職のため」50% | リセマム

 

負のスパイラル

ここで最大の問題なのが、負のスパイラル構造に陥っている点だと思います。企業、学生、大学の関係における構造ですね。企業は「大学新卒」を求めるが成績を気にしない。むしろ課外活動を重視。学生は「就職目的」なので卒業さえ出来たらいい(成績は気にしない)。大学は「教育機関」として動きたいが、企業・学生共に重視されていないため一部のやる気ある者にしか「大卒」として十分な教育を与えられていない。となると余計に教育機関に対する期待が下がり、余計に企業も学業以外のところで学生を評価せざるを得ません。

 

これではインセンティブが働かず、企業もいわゆる「大卒」レベルの人材を集めることが難しくなり、学生も企業が気に入るような課外活動に集中し、大学は教育を諦め一部の学生にリソースを投入するか、エンターテイメント化して学生を広く集める形にシフトする他なくなります(AO入試の拡大なんか、そうじゃないでしょうか)。

 

アンダーエンプロイメント問題

アメリカではここ数年、Under Employment問題が大きな話題になっています。これは、本来自分が持っている能力よりも低い仕事にしかつけない状態のことを指しています。情報系の大学を卒業したのに、マクドナルド店員になる、という具合ですね。これは先進工業国ではある程度共通している問題のようで、政治経済の安定と共に教育に資本が動き、その結果高度に育成された人材が増えるものの、増えた分ほどのパイは社会に用意されておらず、結果として椅子取りゲームに敗れた者は、教育に見合うものが得られないという構造は共通しているようです。

 

教育の目的

ややコミュニタリアン的な発想かもしれませんが、義務教育(あるいは無償化されたので高校も含める)で与えるべき教育というのが、根幹としての政府が国民に与える最低限の知識だとするのなら、それはいわゆる「市民」になるための教育だと思うんですね。国語算数理科社会に代表される、物事を考えるための枠組みの提供並びに、市民としての権利や義務を理解すること、が一つの目標でありゴールのはずです。大学での教育はそれよりも、「専門化」していくための機関であるべきです。逆に言うと、専門性の要らない企業であれば大学生を積極的に採用する意味は小さいはずなんです。

 

現状打破には

一番大きいのは企業の採用態度の変化でしょう。最近やっと学生の大学時代の成績を考慮する企業も少しずつ増えてきました。サークル活動やボランティア活動を重視していては、「本来大学生として取りたい人材」と違う人材になってしまうことに気づき始めているのでしょうか。これに反応して学生が学問に打ち込むようになれば、必然大学も採点を厳しく出来るようになります。

 

そうすると成績取れないくらいなら最初から大学に行かないで就職しようという動きも出始め、「素直じゃない大卒」を本来は求めていなかった企業の採用活動も動き出すかもしれません。もちろん、この動きの帰結として大学数は減少していくことでしょう。

 

また、義務教育側にも変革が必要です。それは本来の「市民育成」志向への変化です。いまはすっかり大学に入るための機関化するか、あるいは塾や予備校にその要素をアウトソーシングすることで機能の空洞化に陥っている義務教育機関。今こそ、より成熟した市民になるための基本的な枠組みを提供するという目的に移行しなくてはならないのではないでしょうか。

 

とはいえ現実は

ここまで勢い強めで批判と改善策を提示してきたものの、既得権益からの反発はもちろん避けられないでしょうし、どのセクターが最初に動きだすのかというチキンレースもありそうです。増えすぎた大学、減っていく若者。この記事では取り上げませんでしたが、都市部以外の自治体の半数近くの消滅も2050年ころには有りうるという試算も出ている模様。若者の流出で過疎化する地方。

 

急激に太った後に痩せるとシワシワの皮膚が残ると言いますが、経済成長とベビーブームに続いて相対的な経済縮小と少子化を経て、日本はそんな状態に近づきつつあるのかもしれません。シワシワの皮膚なら外科手術で改善が見られるそうですが、国家となるとどんな改善策が考えられるのでしょうか。

 

記事引用

【一筆多論】河合雅司

 大学関係者の間で「2018年問題」という言葉が語られている。近年横ばい状態にあった18歳人口が、この年あたりから再び大きく減り始めることから、「倒産する大学が相次ぐ」との懸念が広がっているのだ。

 昨年生まれの子供が大学受験を迎える2031年の18歳人口は約104万人で、現在より15万人ほど少ない。折しも、大手予備校「代々木ゼミナール」の校舎の7割強が閉鎖されることも明らかになった。大学の大淘汰(とうた)時代がいよいよ現実味を帯びてきた印象だ。

 教育界が18歳人口減少の危機に瀕(ひん)して久しい。すでに半数近い私立大学が入学定員割れしている。少子化が進むのに大学数が増えたのだから当然の帰結である。

 これまでも各大学は生き残りをかけ、志願者が増えそうな校名への変更や学部新設、多様な入試制度の導入など、あの手この手で受験生集めをしてきた。だが、小手先の対応はいつまでも通用しない。年間出生数は急坂を転げ落ちるように減るからだ。2020年は83・6万人、2030年には74・9万人と推計されている。

 かつて大学の経営破綻は「小規模な地方私立大学の問題」と受け止められることが多かった。

 だが、民間有識者による「日本創成会議」の分科会が公表した2040年までに自治体の半数が将来的な「消滅」の危機にさらされるとの推計結果を見る限り、今後は国公立大学とて無関係で居続けられるとは言い難い。

分科会は若い女性が大都市圏に流出する地域では人口減少に拍車がかかるとみているが、それは18年後に大学進学年齢者が激減することでもある。世界レベルの大学や全国から受験生を集める大学は別として、地元への進学希望者の受け皿となってきた国公立大学の場合、地域の受験生の激減は死活問題となる。

 では、人口激減地域にある国公立大学はどうすべきなのか。まずは、蓄積してきた「知的財産」を活用し、地域の若者流出の歯止めに全力を傾けることだ。

 政府は拠点都市を定めて人口集積を図る構想を進めようとしている。有能な教授陣を抱え、地域に人材を送り出し続けてきた国公立大学こそ、地方創生の中核的役割を担うのに最適ではないのか。

 特産品の開発といったレベルではなく、自治体や地元企業を巻き込んで雇用創出や起業の後押しをするなど、街づくりに積極的に関わるのである。地域が「消滅」してしまったのでは、大学も存続し得ない。

 国土交通省の「国土のグランドデザイン」によれば、三大都市圏を除くと17万5千人規模の自治体の8割に大学が存在する。これが12万5千人規模になると半数には大学がない。極端な言い方をすれば、「17万5千人」を維持できるかどうかが、地方大学の生き残りの指標の一つとなりそうだ。

 もちろん、国公立大学自身も変わらなければならない。卒業生が地元で就職したくなるよう地域の特性に合わせた学部再編も求められよう。地域企業との技術開発の連携強化や、社会人の再教育の場としての機能もこれまで以上に期待される。(論説委員)

 

via: 地方国公立大も“倒産”の危機? ささやかれる「2018年問題」:イザ!

 

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コメント

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  • コメント (2)
    • キジトラさん
    • 2014年 9月 21日

    2011年には大学進学率は6割超えました。
    日本の大学はやはり多すぎるでしょう。
    何たって世界で2番目に大学が多い国ですから。

    バカな大学生が増えれば価値がデフレ化するのは当然で、
    誰も大学生をありがたがらなくなるんですよね。
    まあそれは当然な帰結なわけで・・・。

    • かくえー
    • 2014年 9月 23日

    真紀子「ごめんなさいは?」
    キジトラ「あうあうあー(^ρ^)」

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