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大学再編へ! 一部の大学を除いて、職業訓練校化すればよい。

いまネット界隈を賑わしている大学改編に向けた文部科学省主導の有識者会議での衝撃的な案、L型とG型という二極化をするというアイディアとのこと。L型には実務的なことを(会計ソフトの使い方など)中心にするとのことですが、一体どのように受け止めたらよいのでしょうか。



L大学とG大学とは?

 この提案を示したのは、経営共創基盤CEOの冨山和彦氏です。冨山氏は著名な経営コンサルタントで、産業再生機構のCOOを務めた人物としても知られています。冨山氏によれば、日本はグローバルに戦うごく一部の人材と、地域密着型の仕事に従事する多数の人材に二極分化しているとのことです。圧倒的に多数を占める、地域密着型の労働者の生産性を上げなければ、日本経済全体の底上げは難しいとして、一部の大学を除き、カリキュラムを職業訓練的なものに切り替えるべきだと主張したのです。いまの大学を、グローバル人材を育てる「G(グローバル)型大学」と、職業訓練校的な教育をほどこす「L(ローカル)型大学」とに分けて、教育しようというわけです。

 具体的には、職業訓練大学の経営学部や経済学部では、難しい経済理論を教えるのではなく、会計の基本知識や弥生会計といった会計ソフトの使い方を学ばせることを想定しているようです。

 

via: L型大学とG型大学、一流以外は職業訓練校に ── 日本の教育と産業構造の行方は? | THE PAGE(ザ・ページ)

 

そもそも、大学が多すぎる

筆者はこの考え方、方向性については完全に賛成です。と言いのも、いまは大学が多すぎるからです。少子化によって今後さらに学生が減っていくことは既定の方向として考えると、いくらなんでも若者の50%近くが入学しているような状況は異常です。

 

「とりあえず」大学に入っておくか、といった軽い気持ちで就労まで4年間も遅れる上に、実際の大学は名門も含めて就職予備校に近い状態になってしまっていることは最早疑いようのない事実でしょう。

 

本来であれば、義務教育を終えた後の高等教育としての位置付けであったものが(最近は高校も学費無償化などを受けて義務教育の一部としてここでは論じます)その意味合いを大きく変えつつある中、それに対する改編が行われてこなかったことも問題とすら言えます。

 

そもそも、企業が大学全入時代の中で、学生の大学での成績などを見ない採用をしている時点で「大卒」というブランド価値自体が速やかに瓦解するべきだったのになあなあで続いてきた歪みがいままさに露呈しているということでしょう。

 

デメリットに対する考え方

さて、こちらの記事にはこのような改革案に対する反論が2つ書かれていました。1つ目は「格差構造の固定化」への怖れ、2つ目は「実務重視が過ぎて教養が軽視されること」のようです。

 

1つ目の格差構造の固定化については確かに同意できる部分もあるかと思いますが、それはいまの現状とはあまり変わらないように思います。誰もが大学に入ることができる時代になってしまえば「大卒」としての価値よりも、「どの大学」かということが重視されてしまうからです。

 

であれば例えこの改編がされてもされなくても状況は変わらないわけですね。今だってF欄(底辺大学)かどうか、はたまた旧帝国大学かどうか、といったことで評価されて就職にも影響しているわけですから。(もちろん大卒かどうか、という枠組みもあります)

 

2点目の「実務重視が過ぎて教養が軽視されること」についてはどうでしょうか。まず第一に、いまの大学がそもそも「教養を軽視していない教育機関」として成立しているかどうかを考えなくては検証不可能かと思います。

 

答えはみなさんの想像通り、そのような機関ではそもそもない状態にあると言えるでしょう。最近やっと遅くなったとはいえ就活が三年生の段階から始まってしまっては、まともにゼミに入って論文を書くようなタイミングもないまま就活へと流れ込んでしまっているのが現状です。(実際いまもインターンシップという制度によって就活のタイミングは維持されているとも言われています)

 

これに付け加えるべきことは、企業が採用において学問を重視していないことが問題だということですね。もちろん勉強が好きな人は自らの欲望に従って学ぶわけですが、そうでない人は大学にさえ入ってしまえばそれで目的を達成してしまっているわけです。大学で勉強しないなら、そもそも高卒で就職したほうがよいわけですが現在は大卒でないと就職が難しい状態になっていることが問題です。

 

見えた問題点「企業の採用態度」

そう、まさに問題の中核は「企業の採用態度」にあると思っています。そもそも大学での学問・成績を評価において重視しないなら大卒を取らなければいいのです。ある程度地頭がいい人がいいというなら高校の時の成績で判断すればいいでしょう。大学で勉強しないのならその時の成績で評価するのが効率的ですから。

 

この改編は、大学を職業養成校化するという指摘がありますが、まさにその通りです。そして、それならもはや「大学」である必要すらなくなるでしょう。ですから冒頭で、この流れに賛成と書いたんです。学びたい人、より専門性を身につける人のための大学(職業養成校)になればよい。

 

中学高校までの義務教育で「市民としての最低限の教育」を受けた上で、更に実務的技能を求める企業に行きたい人は職業養成学校に行き、アカデミックな教育を受けたい人は大学に行って知的訓練を受けたらよいでしょう。こうすればそれぞれの企業によって異なる採用ニーズにも答えやすくなるでしょう。

 

中学、高校がより重要になる

さて、これに対しての「教養が〜」といった指摘があるかと思います。中高の義務教育がより重要になっていくことでしょう。国民の権利としての「参政権」や「税の仕組み」など、市民としての権利は中高までの義務教育できちんと教えるべきです。脇道にそれますが、もしこれがきちんと実行されれば成年年齢は18歳になり参政権もこのタイミングで付与されるでしょう。

 

文学や芸術といった「学問」を学びたい人はしっかりと大学で学び、企業はそのような人材を確保したければそのような学校の卒業生をきちんと採用したらいいわけですね。教養レベルであれば、大学ではなくそもそも生涯教育といった形で「教養」には年齢関係なく触れることができるシステムも併存するのがベターだと思います。

 

まとめ

いくつか論点が散らばってしまったので最後に簡単にまとめて終わりましょう。1つ目は「大学の教育機関としての価値が下がりすぎている」ということです。それに対応するための、一部大学の職業訓練校化は必然でしょう。そしてそれによる歪みへの対抗として「中高教育の一層の充実」が求められています。

 

一番大事なのは「学んでない大卒」を採用するというバカなことをしているからこうなっているという現状認識ですね。そんなことしてるから大学が無駄に増えすぎて、就職予備校と化してしまうのです。

 

これをやめたら、「勉強する気がないけど大卒ブランドが必要だから大学に行く人」「学問より資格やら取って就職に備える人」といった人が大学に行かなくなり、大学数は減って適正な数に落ち着くでしょう。

 

彼らも無駄な時間を費やすことなく、本来行くべき場所だったところにいけるわけです。この際、大学入学自体は「入学ならびに卒業が難しく、学費は高くない」ものにする必要があります。現在高卒で就職する人の中には経済的な理由で大学を断念している人も少なくなく、ここでも「あるべき場所」に行けない不幸が生じているからです。

 

まあ要するに昔ほど「就職」に対する余裕がなくなってしまったためにこのような状況が生まれているとも言えるわけですが…適材適所でうまくバランス配置しないせいで「大卒」の席にみんなが群がって効率が悪くなってしまっているのが現状です。いま、「大学ー就職」という大きなシステムに変革が求められているのは必然でしょう。

 

逆の意見はコチラ。

 

 大学再編へ! 一部の大学を除いて、職業訓練校化すればよい。 大学の職業訓練校化に反対します | キジトラ速報

 

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7cd85e860bcd2f7b53762b82859eb93c 大学再編へ! 一部の大学を除いて、職業訓練校化すればよい。




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コメント

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  • コメント (3)
    • キジトラさん
    • 2014年 11月 10日

    >筆者はこの考え方、方向性については完全に賛成です。と言いのも、いまは大学が多すぎるからです。少子化によって今後さらに学生が減っていくことは既定の方向として考えると、いくらなんでも若者の50%近くが入学しているような状況は異常です。

    これ私も大賛成です。大学は本当に増えすぎているんです。その結果、学生が勉学する場ではなく教職員が給料貰うための施設になっている。これは大問題だと常々思っていました。

    大学進学率は11年で6割超えたんじゃなかったかなあ?80年時点で3割ですよ。30年で進学率が倍になってるんです。で、学生が優秀だからか?というと当然そんなことはなく、推薦AOなどという無試験で入学制度が幅を利かせているのです。

    ちなみに国公立大学でも2割が無試験で入学しており、私立になると6割が無試験で入学しています。もひとつちなみに、大学の割合は国公立が4分の1で私立が4分の3を占めています。80年以降、むやみやたらに私立大学を作ってしまったんですね。そのため、大学を運営する為に入学できない学生さえも入学させないといけなくなった。今や大学生の半分以上がまさしく”バカ”なんです。

    >「とりあえず」大学に入っておくか、といった軽い気持ちで就労まで4年間も遅れる上に、実際の大学は名門も含めて就職予備校に近い状態になってしまっていることは最早疑いようのない事実でしょう。

    ゆとり世代とネットで議論した事ありますが、ゆとり世代って甘えているんです。
    私が大学の質の低下を指摘しても、大学はモラトリアム期間としての意味がある!と力説します。つまり社会にでたくないんです。猶予がほしい。遊んで楽したいってこと。大学側の経営本意のビジジネスモデルが長く続いた結果、学生もそのぬるま湯に浸りきっているんです。本当に呆れてしまいました。

    >いくつか論点が散らばってしまったので最後に簡単にまとめて終わりましょう。1つ目は「大学の教育機関としての価値が下がりすぎている」ということです。それに対応するための、一部大学の職業訓練校化は必然でしょう。そしてそれによる歪みへの対抗として「中高教育の一層の充実」が求められています。

    私は大学数を減らせばいいという考えでしたが、そうなると潰れる大学の教職員の職が失われる事になるので、大学ではなく一部職業訓練校化というのは面白いと思いました。でも、そんな大学に行きたいと思うのか?気になります。

    • htdh
    • 2014年 11月 12日

    安直な愚策だと思うけどね
    あまりに安直で顰蹙な内容だから誰も言い出さなかっただけで、誰かが言い出せばそれに賛同する…

    これやっても多分根本の問題は何も解決しない

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 12日

    >安直な愚策だと思うけどね
    あまりに安直で顰蹙な内容だから誰も言い出さなかっただけで、誰かが言い出せばそれに賛同する…
    これやっても多分根本の問題は何も解決しない

    じゃどうすればいい?

    根本の解決するなら大学を減らすしかない。
    それができないから代替案をだしてるのちゃう?
    そもそも今のままでも何も変わらないし解決はしない。全くだ、

    そこわかってんの?頭悪いサヨクみたいだぞ?お前

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