2ch PC スマホ iPhone Android WindowsPhone ガラケー ガジェット ニュース 壁紙

ドラえもんを例に集団的自衛権を解説するのは不適切 

ドラえもんと集団的自衛権

札幌市の高校で、社会教師が「ドラえもん」を例えに出して集団的自衛権を学ぶ授業を行ったそうです。

 

アメリカをジャイアンに、日本をのび太に例えて、「のび太が武装して僕は強いと言っても、本当に自分を守れるかな」と生徒たちに問いかけたそうです。

 

ドラえもん好きのわたしとしては、こういう不適切な例えはやめてほしいと強く反発を感じました。そもそも、アメリカと日本の関係をジャイアンとのび太の関係に例える時点でおかしい。



アメリカはジャイアンじゃなくてドラえもん

わたしのそういう思いを指摘してくれているブログを発見。防衛・軍事問題の入門書的ブログを運営しているnonreal氏の記事。

 

nonreal氏は、集団的自衛権にたとえるのであれば、アメリカはジャイアンじゃなくてドラえもんだ、と指摘します。なるほど、こうなっただけでも少し説得力が増します。

 

続けて、nonreal氏はドラえもんとのび太の同盟関係は成功しているので、集団的自衛権を論じる教材として使用するのは適切ではない、との指摘もしています。

 

札幌の社会科教諭は、「武装してケンカをするか、何も持たずにやられるのか、選択肢は2つじゃない」として、話合いでの解決方法を示したそうです。この結論自体は同意するのですが、どうしてわざわざドラえもんを使ったんだよっていう…ドラえもんの人間関係を適切にとらえている生徒がいたら、逆に混乱してしまって「顔を上げ、考えこむ」のは当然。

 

ドラえもんのび太の雲と王国の話

ちなみに、話合いが大事だ、という点について、ドラえもんで興味深い話があります。長編映画・「ドラえもんのび太の雲と王国」の話。

 

  • ・雲の上に住む天上人が、環境破壊を進める地上文明を滅ぼそうと大洪水を人工的に起こそうとした
  • ・ドラえもんは、天上人に話を聞いてもらうために、雲の王国をただの水に変えてしまうガスを準備し、天上界を脅迫した

 

ドラえもんは「本当に使うつもりはない。切り札として脅かすだけだ。力には力だ。話し合おうと思っても天上人とつりあうだけこっちも強くしないと相手にされないだろ。」と言います。

 

このエピソード、集団的自衛権や核による抑止力を語る上では、議論の素材となりそうな気もします。非武装の平和主義を唱える左翼の方からすると、とんでもないって結論になりそうではありますが…w

 

ドラえもん、教育にいいマンガ・アニメってイメージもあるのかもしれませんが、そこそこ毒がある漫画です。エンターテイメントであって、教育のための教材ではないので当然なんですが。

 

記事引用

さて、札幌琴似工業高の川原茂雄教諭が伊藤絢子弁護士を招いて集団的自衛権を学ぶ授業を行い、その中で『ドラえもん』をメタファーにしたことが話題になっています。

「のび太が武装しても自分を守れるかな」(2014/7/19 朝日新聞)

川原さんと伊藤さんは、「ドラえもん」を例に話を進めた。米国は「ジャイアン」、日本は「のび太」。安倍晋三首相は集団的自衛権の行使容認で「日本が戦争に巻き込まれる恐れは一層なくなっていく」と胸を張ったが、「のび太が武装して僕は強いといっても、本当に自分を守れるかな」と川原さん。生徒はみな顔を上げ、考えこんだ。

勢力均衡論で見るか、脅威均衡論で見るかでドラえもんとジャイアンの捉え方は変わると思いますが、集団的自衛権の文脈でジャイアンを米国になぞらえるのはどうでしょうか。

ご存知のように、ドラえもんはのび太の世話係で同居人で友達です。かたやジャイアンの基本設定はいじめっ子で、のび太の直接的な脅威です。これを踏まえて、のび太を日本とすると、ドラえもんを同盟国である米国になぞらえるのは分かりますが、ジャイアンと見立てて議論するのは、のび太目線で考えると適切でない気がします。

そもそもドラえもんとのび太の関係は、集団防衛そのものみたいなところがあります。

[画像をブログで見る]
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん 7巻』「タヌ機」147ページより。)

ふたりの関係は、同盟という観点から見て稀有なほど強固に機能しています。仮に、集団的自衛権に否定的な立場から論じたいのなら、成功例であるドラえもんとのび太の関係を引き合いに出すのはあまり効果的ではないかもしれません。

伊藤さんは「武装してけんかをするか、何も持たずやられるのか、選択肢は二つじゃないよね」と、話し合いでの解決法を示した。

選択肢が二つでないのはその通りです。ドラえもんがいるorいないで前提が変わりますし、ドラえもんがいないのなら、のび太が武装する(自主防衛)、スネ夫と二国間同盟または出木杉くんやしずかちゃんらと多国間同盟(バランシング/バックパッシング)、ジャイアンと同盟(バンドワゴニング/アピーズメント) などが考えられます(過去記事参照)。

話し合いでの解決も賛成です。当ブログでは、国際紛争において対話が重要であることはこれまでも繰り返し取り上げてきました。しかし同時に、『ドラえもん』に話を戻せば、ジャイアンに話し合いが通じる場面は多くありません。のび太は理不尽に漫画を取り上げられ、気分次第で殴られます。

[画像をブログで見る]
(藤子・F・不二雄、『ドラえもん 39巻』「さとりヘルメット」より。)

そう、相手は話し合いの通じない脅威なんです。そんな相手をどう抑止し、どう付き合うか、というところが『ドラえもん』からくみ取るべきところではないかと思います。

[画像をブログで見る]
(藤子・F・不二雄『ドラえもん 27巻』「10分遅れのエスパー」120ページより 。)

『ドラえもん』をメタファーに安全保障問題を考えるのは問題がないわけではありません。『ドラえもん』の世界はあくまでも個人のレベルであり、個人の心理的傾向を国家に投影することは注意が必要です。ある程度専門用語が理解できて、具体的な議論になれば、例え話はかえって本質を誤らせてしまいがちです。そうした点を意識しながら、あくまでも初歩の初歩として取り上げるのであれば、『ドラえもん』は優れた安全保障学の入門書になり得ると思います。

 

via: 『ドラえもん』で学ぶ安全保障学

 

関連記事

 

1f586384eaf4c174676e5f163b13f5e0 397x600 ドラえもんを例に集団的自衛権を解説するのは不適切 




関連記事

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

オススメ記事

副管理人募集

文章書いて金稼ぎたい人募集。ネタはガジェット、政治、経済、法律、貧困、歴史、教育、社会問題、音楽、文学など。ノルマは特に無いので気が向いた時だけ書いてくれればOK。希望者はメールフォームから問い合わせてください。条件を聞くだけでも構いませんので気軽にどうぞ。

コメント

  • トラックバックは利用できません。
  • コメント (3)
    • キジトラさん
    • 2014年 7月 27日

    ドラえもんを例に集団的自衛権を解説するのは不適当

    アメリカはジャイアンじゃなくてドラえもん

    なにいってんだこいつ

    • キジトラさん
    • 2014年 7月 27日

    >なるほど、こうなっただけで少し説得力がまします。
    …?全く意味がわからないよ(ーー;)

    それにドラえもんの人間関係を適切に理解してるならジャイアンはのびたの直接的な脅威ではないってわかると思うけど…、ツッコミどころがおおすぎて思わず顔を上げて、考えこんでしまう記事でした。

    • ぽみ
    • 2014年 7月 27日

    >なるほど、こうなっただけで少し説得力がまします。
    …?全く意味がわからないよ(ーー;)

    それにドラえもんの人間関係を適切に理解してるならジャイアンはのびたの直接的な脅威ではないってわかると思うけど…、ツッコミどころがおおすぎて思わず顔を上げて、考えこんでしまう記事でした。

広告

おすすめサイト:Freemake YouTube ダウンロードソフト

 



画像RSS





カテゴリー

ブログパーツ

アクセスランキング
ページ上部へ戻る