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同性愛反対に一理なし。愚かな感情論はもうやめよう。ロシアでAppleの現CEOクック氏のカミングアウトを受けて、ジョブズの記念碑撤去

最近のロシアのイメージといえば、クリミア問題と反同性愛的印象が大きいと思うのですが、今回も大きな反同性愛的対応に少々驚きが隠せません。ロシアがAppleの現CEOクック氏の、同性愛者であるというカミングアウトを受けてジョブズ記念碑を撤去した、とIT Mediaニュースが報じています。



 

ロシアのサンクトペテルブルクに設置されていた米Apple創業者スティーブ・ジョブズ氏の記念碑が撤去された。ジョブズ氏の後継者としてAppleのCEO職を引き継いだティム・クック氏が同性愛者であることをカミングアウトしたことを受けての措置だという。

via: ロシアでジョブズ氏の記念碑撤去 クックCEOの同性愛カミングアウトを受け – ITmedia ニュース

 

同性愛宣伝禁止法、とは

さて、ソチオリンピックを前に大きな物議を醸し、多くの選手が不参加を表明したいわくつきの法案「同性愛宣伝禁止法」とは一体具体的にはどのようなものなのでしょうか。その趣旨をまずは確認していきたいと思います。

 

名前の通り、同性愛を禁止しているのではなくて、同性愛を宣伝することを禁止しているのだ、というのが建前のようです。目的としては、伝統的家族観を法的な保護によって維持することのようです。それにしても、日本が「同性婚を立法しない」という消極的態度であるのに対して、かなり過激とも言える対応です。

「ロシアでは、未成年者に同性愛や性的倒錯を宣伝する行為が法律で禁じられている」とZEFSは声明で説明し、記念碑は「若い学生や研究者が行き来するエリア」に設置されていたと述べている。

via: ロシアでジョブズ氏の記念碑撤去 クックCEOの同性愛カミングアウトを受け – ITmedia ニュース

 

ロシアでの「伝統的家族観」の現状

皆さんご存知のことかとは思いますが、ロシアの「伝統的家族観」というものを一応確認しておきましょう。先日も、同性婚についての記事を書きましたが、果たして守るべき「伝統的家族観」というのはなんなのか疑問を呈したくなるのも当然でしょう。

 同性愛反対に一理なし。愚かな感情論はもうやめよう。ロシアでAppleの現CEOクック氏のカミングアウトを受けて、ジョブズの記念碑撤去 同性婚市場の活性化!? ゼクシィなどで実例紹介も | キジトラ速報

 

 

ロシア政府・戸籍登録機関(ザクス)の統計によると、国内で2組の結婚のうち1組は離婚に終わる。

via: 離婚率5割のロシア | ロシアNOW

 

ヨーロッパのご多分にもれず、現在ではロシアも離婚率が実に半分に近いというデータがあるようです。それにも増してロシアで問題になっているのがアルコール中毒や、それに伴うDV。果たして誰かの権利を蹂躙してまで守るべき家族観というのがここにはあるのでしょうか。甚だ疑問です。

国立ロストフ医学大学が婚後10年以上婦1万1000ンケートを行ったもし過去に戻ることができればの相手と結婚するかとの問いに対し、「する」と答えたのはたったの100に過ぎなかった。

 

多くは男性側に問題

  「シア人は離婚の仕方が下手なよう元夫婦の7割以上が不倶戴天の敵になロモフ所長指摘する

 「男性は手に義務を放棄し、育児も手伝わず、生活費も払わない人が多いと、リストフェル・スル国立高等経済学院准教授は説明する。

 ロシアの夫婦のほとんどは、結婚とは法的な人間の所有であると考えているようにみえる特に婚生活を自分儀で仕切りたがる男性はそうだ。毎年900人の女性がっと深いの手で殺され、1万4000人が庭内暴力でを落としている。

 

via: 離婚率5割のロシア | ロシアNOW

 

一体何を守りたいというのでしょうか! これ以上ないほどに「愛のある生活」「暴力のない世界」が叶わない世界において、なぜにそれ以外のものにまで迫害を加えるのか筆者には本当に理解出来ないことです。

 

ロシアでの同性愛に対する異常なまでの敵意

ロシアでの恐ろしいまでの同性愛差別については、あまり日本でも報じられていないように思います。そのあまりの内容に報じたいと考える人が少ないのかもしれませんが、同性愛者に対する暴力には目を背けたくなるほどのものがあります。先ほどの記事では、下記のようなプーチン大統領の発言があります。

プーチン大統領は「ロシアでは同性愛者に対する差別はない」と主張し、この法律は「若者を守るためのものだ」と強調している。だが同性愛者のコミュニティはこの法案が可決されたことで悩みが増えたと感じているという。

via: ロシアでジョブズ氏の記念碑撤去 クックCEOの同性愛カミングアウトを受け – ITmedia ニュース

 

とてもじゃないですが、これを認めることはできかねるような状態が続いているのです。以下に、その例を出したいと思います。

 

[モスクワ 13日 ロイター] ロシア南部のボルゴグラードで9日、同性愛者だと告白した男性が知人らに暴行され死亡する事件が発生した。西側諸国で同性婚などの権利が拡大する一方で、ロシアの同性愛者らは「自由の縮小」を目の当たりにしている。

事件の被害者となった23歳の男性は、同性愛者だと告白した直後に、複数の知人から暴行を受けた。肛門にビール瓶をねじ込まれ、服に火を放たれ、最後は石で頭を殴られて絶命した。

 

事件ではこの男性の知人2人が拘束されたが、ロシアでは同性愛者への暴力事件の件数を示す公式のデータはない。事件のほとんどが報告されずに終わるか、「同性愛者への暴力」という分類分けをされないためだという。活動家によると、こうした事件はウォッカをめぐっての口論であるとか、個人的な怨恨(えんこん)による普通の事件として処理される。

 

via: ロシアで同性愛告白の男性が暴行死、背景に見える政治と宗教 | ワールド | Reuters

 

昨年秋には同性愛者向けのクラブ(ダンスホール)に有毒ガスが撒かれるという恐ろしい事件も起きました。また、一部の不良集団は同性愛者に危害を加えることをスポーツのように楽しんでおり、彼らはこれを「狩り」と呼んでいます。
 昨年夏に同性愛禁止法が施行されて以降、少なくとも二人の性的少数者の若者が誘拐されて残虐な拷問の中で殺害されました。ロシア当局は殺人事件が発生してもそれがヘイトクライム(差別的な憎悪犯罪)であるか否かの統計を取っていないため、実際にははるかにたくさんの性的少数者が殺害されていると予想されています。また、このような差別的な社会においては、自殺する性的少数者も後を絶ちません。

via: My temple

 

同性愛禁止法が成立してから最初の逮捕者は、24歳のディミトリ・イサコフでした。彼は「ゲイであることやゲイを愛することは普通のことだ。ゲイを殴ることやゲイを殺すことこそが犯罪だ」と書かれたプラカードを持ち、たった一人で静かに街角に立ちました。―――彼を警察に通報したのは、彼の実の両親でした。

via: My temple

 

極僅かな例を取り上げただけですが、「ロシア 同性愛者 リンチ」とでも検索すれば山のように事例は報告されています。現にいま、殺されているのです。しかも極めて暴力的で差別にまみれた方法によって。ただ、「人を愛する」という人間にとって当然の権利を行使するだけでそれが行われるのですから信じがたいことです。

 

同性愛は誰にとって悪いのか

果たしてここまで嫌われる理由はなんなのでしょうか。一般的に挙げられるのは「生理的嫌悪」「生産性がない=人口減少に繋がる」「伝統的家族観の崩壊」といったところですが、どれも一笑に付すレベルであることは間違いありません。

 

一つ目の「生理的嫌悪」に至ってはどこから突っ込んだらいいのかわかりません。汚い言葉を使いたくはありませんが、「ハゲ」「デブ」といった属人的属性もそれに該当する(と考える人)は少なくないのでは? それでも、それを理由に人権が侵害される状態はありえないということくらい、誰もがわかることでしょう。

 

ソチ市長はソチにはゲイは存在しないと断言しているそうです。すなわち、社会における存在を否定しているわけですが、これが先ほどの属性に置き換えてみると信じられない発言であることがわかるでしょう。

 

次に「人口減少に繋がる」という考え方についても、ちょっと調べればすぐにわかることです。よく考えてみてください。いつも同性婚や同性愛の問題になるたびに「人口減少の問題が〜」と紋切り型の発言が行われますが、それでは「人口減少」をタイトルに扱った記事の中で「同性愛」が原因であるなどと述べている記事がありますか?

 

そこで取り上げられる問題の多くは「晩婚化」「子育ての支援不足」「女性の社会進出」であり、「不景気」であり「草食化」であって、同性愛の影響などが取り上げられることなどありません。そのような記事があれば是非教えてください。同性愛、がトピックのものではありませんよ。「人口減少」がトピックの記事です。見た事がありません。

 

最後に、「伝統的家族観の崩壊」について。これも今まで何度か批判してきた通りです。1つ目は「伝統的家族観」などそもそも崩壊していたことです。離婚率が50%近いことを同性愛が原因だと考える人がいますか? DVや核家族の問題に、同性愛という単語が関連してきますか? 見たことがありません。

 

更に言いますと、「伝統的家族観」の中に無理やり同性愛者を組み込むことに意味があるでしょうか。それは社会の圧力によって強制的に「結婚」という枠組みに取り込むことです。誰の幸せに繋がるのですか? 愛していない人を無理やり結婚させて、それで「伝統的家族観」が守られるわけもないでしょう。馬鹿らしい、の一言です。

 

まとめ

同性愛、同性婚反対という意見にはもううんざりです。全て感情的で、人権という言葉をフリガナ付きでも読めない人たちの意見なのではないかと驚きます。「生理的嫌悪」「人口減少」「伝統的家族観」以外に、何か理由をもっている方がいたら教えていただきたい。これらはとっくの昔に論理として破綻しているんですよ。

 

前回の記事の最後にも参照した記事をもう一度こちらにも引用して最後にしたいと思います。愛と力に満ちた、アメリカのニュースキャスターのスピーチです。この記事を読んで少しでも「あれ、よく考えたら反対するほどのことでもないのかもしれない?」と思っていただいた方がいたらぜひ一読してほしいと思います。

 

オルバーマン翻訳

 

Finally tonight as promised, a Special Comment on the passage, last week, of Proposition Eight in California, which rescinded the right of same-sex couples to marry, and tilted the balance on this issue, from coast to coast.

最後に、お伝えしていたとおり先週カリフォルニアで可決された提案8号のことについて特別コメントをします。同性カップルが結婚する権利を廃棄する、というものです。同性婚問題に関する均衡がこれで揺るがされました。全米で、です。

Some parameters, as preface. This isn’t about yelling, and this isn’t about politics, and this isn’t really just about Prop-8. And I don’t have a personal investment in this: I’m not gay, I had to strain to think of one member of even my very extended family who is, I have no personal stories of close friends or colleagues fighting the prejudice that still pervades their lives.

前置きとしてわたしの基準を言います。これはエールを送っているのでもなく、駆け引きをしようとしているのでもなく、そして本当は単に提案8号のことでもありません。わたしにはこの問題に関して個人的な思い入れもありません。わたしはゲイではないし、自分の家族親族の中にゲイがいるかと考えると、ずいぶんと範囲を広げても考え込んでしまうほどです。近しい友人や同僚たちの中に彼らの暮らしにいまも影を落とすこの偏見と闘っている者がいる、という私的なエピソードもありません。

And yet to me this vote is horrible. Horrible. Because this isn’t about yelling, and this isn’t about politics. This is about the human heart, and if that sounds corny, so be it.

しかし、そうではあっても、この投票はひどい。ひどすぎる。なぜならこれはエールでも駆け引きでもなく、人間の心の問題だからです。もしこの言い方が陳腐だと言うならば、そう、陳腐で結構。

If you voted for this Proposition or support those who did or the sentiment they expressed, I have some questions, because, truly, I do not understand. Why does this matter to you? What is it to you? In a time of impermanence and fly-by-night relationships, these people over here want the same chance at permanence and happiness that is your option. They don’t want to deny you yours. They don’t want to take anything away from you. They want what you want—a chance to be a little less alone in the world.

もしあなたがこのプロポジションに賛成票を投じたのなら、あるいは賛成した人を支持する、あるいはその人たちの表明する意見を支持するのなら、わたしはあなたに訊きたいことがある。なぜなら、ほんとうに、わたしには理解できないからです。どうしてこの問題があなたに関係あるんですか? これはあなたにとって何なんですか? 人と人との関係が長続きもせず一夜で終わってしまうような時代にあって、ここにいるこの人たちはただ、あなたたちが持っていると同じ永続性と幸福のチャンスを欲しいと思っているだけです。彼らはあなたに対し、あなたの関係を否定したいと思っているのじゃない。あなたたちからなにものかを奪い取りたいわけでもない。彼らはあなたの欲しいものと同じものを欲しいと思っているだけです。この世にあって、少しばかりでもさみしくなくいられるようなチャンスを、です。

Only now you are saying to them—no. You can’t have it on these terms. Maybe something similar. If they behave. If they don’t cause too much trouble. You’ll even give them all the same legal rights—even as you’re taking away the legal right, which they already had. A world around them, still anchored in love and marriage, and you are saying, no, you can’t marry. What if somebody passed a law that said you couldn’t marry?

それをあなたは彼らにこう言う──だめだ。そういう関係では結婚は許されない。ただ、行儀よくしているならば、きっと似たようなものなら。そんなに問題を起こさないなら、あるいは。そう、まったく同じ法的権利をあなたたちは彼らに与えようとさえするんでしょう。すでに彼らが持っていた法的権利を奪い取るのと引き換えに。彼らを取り巻く世界はいまも愛と結婚に重きを置くくせに、しかしあなたたちが言うのは、ダメだ、きみらは結婚できない。もしだれかがあなたは結婚できないと断じる法律を成立させたら、どういう気持ちですか?

I keep hearing this term “re-defining” marriage. If this country hadn’t re-defined marriage, black people still couldn’t marry white people. Sixteen states had laws on the books which made that illegal in 1967. 1967.

ずっと聞いているのは、結婚の「再定義」ということばです。もしこの国が結婚を再定義してこなかったなららば、黒人は白人といまでも結婚できていないはずです。1967年時点で、16の州がそれを違法とする成文法を持っていたんです、1967年に。

The parents of the President-Elect of the United States couldn’t have married in nearly one third of the states of the country their son grew up to lead. But it’s worse than that. If this country had not “re-defined” marriage, some black people still couldn’t marry black people. It is one of the most overlooked and cruelest parts of our sad story of slavery. Marriages were not legally recognized, if the people were slaves. Since slaves were property, they could not legally be husband and wife, or mother and child. Their marriage vows were different: not “Until Death, Do You Part,” but “Until Death or Distance, Do You Part.” Marriages among slaves were not legally recognized.

この合州国の次期大統領になる人の両親は、彼らの息子がいずれこの国の指導者になろうと成長しているそのときに、この国の3分の1近くの州では結婚できなかったのです。いや、もっとひどいことがある。もしこの国が結婚を「再定義」してこなかったなら、黒人のある人々は他の黒人ともいまも結婚できていなかった。それはほとんどの人々が見逃しがちな、われわれの悲しむべき奴隷制度の歴史の最も冷酷な部分の1つです。なぜなら奴隷は所有物だったから、彼らは法的には夫にも妻にもなれなかった。あるいは母にも子供にもなれなかった。彼らの結婚の誓いは違うものだったのです。「死が汝らを分かつまで」ではなく、「死が、あるいは売り渡される距離が、汝らを分かつまで」だった。奴隷間の結婚は法的には認められていなかったのですから。

You know, just like marriages today in California are not legally recognized, if the people are gay.

そう、ちょうど、カリフォルニアの結婚が今日、もしゲイならば、法的に認められなくなったのと同じです。

And uncountable in our history are the number of men and women, forced by society into marrying the opposite sex, in sham marriages, or marriages of convenience, or just marriages of not knowing, centuries of men and women who have lived their lives in shame and unhappiness, and who have, through a lie to themselves or others, broken countless other lives, of spouses and children, all because we said a man couldn’t marry another man, or a woman couldn’t marry another woman. The sanctity of marriage.

われわれの歴史の中で、世間に強いられて異性と結婚したり、偽装結婚や便宜上の結婚や、あるいは自分でもゲイだと気づかないままの結婚をしてきた男女は数知れません。何世紀にもわたって、恥と不幸にまみれて生き、自分自身と他人への嘘の中でほかの人の人生を、その夫や妻や子供たちの人生を傷つけてきた男女がいるのです。それもすべては、男性は他の男性と結婚できないがため、女性が他の女性と結婚できないがためなのです。結婚の神聖さのゆえなのです。

How many marriages like that have there been and how on earth do they increase the “sanctity” of marriage rather than render the term, meaningless?

いったいそんな結婚はこれまでいくつあったのでしょうか? それで、そんな結婚がいったいどれほど結婚の「神聖さ」を高めているというのでしょうか? むしろそれは「神聖さ」をかえって無意味なものにしているのではないのか?

What is this, to you? Nobody is asking you to embrace their expression of love. But don’t you, as human beings, have to embrace… that love? The world is barren enough.

これは、あなたにとって何なのですか? だれもあなたに彼らの愛情表現を信奉してくれとは言っていません。しかしその愛を、人間として、あなたは、祝福しなくてよいのですか? 世界はもうじゅうぶんに不毛なのに。

It is stacked against love, and against hope, and against those very few and precious emotions that enable us to go forward. Your marriage only stands a 50-50 chance of lasting, no matter how much you feel and how hard you work.

愛は追い込まれています。希望もまた。わたしたちを前進させてくれるあの貴重で数少ない感情が、劣勢にあるのです。あなたたちの結婚は50%の確率でしか続かない。どんなに思っていても、どんなにがんばっても。

And here are people overjoyed at the prospect of just that chance, and that work, just for the hope of having that feeling. With so much hate in the world, with so much meaningless division, and people pitted against people for no good reason, this is what your religion tells you to do? With your experience of life and this world and all its sadnesses, this is what your conscience tells you to do?

そうしてここに、その50%の見込みに、そのがんばりの可能性に、そしてその思いを持てることの希望に大喜びする人たちがいるのです。世界に蔓延する憎悪や無意味な分裂や正当な理由もなくいがみ合う人々を目にしながら、これがあなたの宗教があなたに命じた行為なのですか? これまでの人生やこの世界やそのすべての悲しみを知った上で、これがあなたの良心があなたに命じたことなのですか?

With your knowledge that life, with endless vigor, seems to tilt the playing field on which we all live, in favor of unhappiness and hate… this is what your heart tells you to do? You want to sanctify marriage? You want to honor your God and the universal love you believe he represents? Then Spread happiness—this tiny, symbolic, semantical grain of happiness—share it with all those who seek it. Quote me anything from your religious leader or book of choice telling you to stand against this. And then tell me how you can believe both that statement and another statement, another one which reads only “do unto others as you would have them do unto you.”

人生というものが、むしろ不幸や憎悪の方を味方して、私たちみんなの拠って生きる平等な機会を何度も何度も揺るがしがちだと知っているくせに、それでもこれが、あなたの心があなたにこうしろと言っていることなのですか? あなたは結婚を聖なるものにしたいのでしょう? あなたはあなたの神を崇め、その神が体現するとあなたの信じる普遍的な愛というものを栄光に包みたいのでしょう? それなら、幸せを広めなさい。このささやかで、象徴的で、意義のある、一粒の幸せを広めてください。そういう幸せを求めるすべての人たちと、それを共有してはどうですか。だれか、あなたの宗教的な師でもいい、然るべき本でもよい、そんな幸せに反対せよとあなたに命じているものがあるとしたらなんでもいい、それをわたしに教えてほしい。そうして、どうしてその教えと、もう1つの教えの、両方をあなたが同時に信じていられるのかを教えてください。「自分が為してほしきものを他人に為せ」という教えです。

You are asked now, by your country, and perhaps by your creator, to stand on one side or another. You are asked now to stand, not on a question of politics, not on a question of religion, not on a question of gay or straight. You are asked now to stand, on a question of love. All you need do is stand, and let the tiny ember of love meet its own fate.

あなたはいま、あなたの国によって、そしてたぶんあなたの創造主によって、どちらかの側に立つようにと言われています。あなたは、政治の問題ではなく、宗教の問題でもなく、ゲイとかストレートとかの問題でもなく、どちらかに立つように求められているのです。何に基づいて? 愛の問題によってです。行うべきことはただ立つこと。そうしてそのささやかな愛の燃えさしが自身の定めを全うすことができるようにしてやることです。

You don’t have to help it, you don’t have it applaud it, you don’t have to fight for it. Just don’t put it out. Just don’t extinguish it. Because while it may at first look like that love is between two people you don’t know and you don’t understand and maybe you don’t even want to know. It is, in fact, the ember of your love, for your fellow person just because this is the only world we have. And the other guy counts, too.

べつにそれを手助けする必要はありません。拍手を送る必要もない。そのためにあなたが戦う必要もない。あなたはただ、その火を消さないようにしてほしい。消す必要はないのです。最初はそれは、あなたの知らない2人の人間のあいだの愛のように見えるかもしれない。あなたの理解できない、さらにはきっと知りたくもない2人の人間の愛です。しかしそうすることはあなたの、仲間の人間に対する愛の残り火なのです。なぜなら、私たちにはこの世界しかないのですから。その中でほかの人がそれをこそ頼りにしているのですから。

This is the second time in ten days I find myself concluding by turning to, of all things, the closing plea for mercy by Clarence Darrow in a murder trial.

この10日間で、こともあろうにこのコーナーを、ある殺人犯裁判での弁護人クラレンス・ダローの、慈悲を求めた言葉で閉じるのは2度目です。

But what he said, fits what is really at the heart of this:

しかし彼の言ったことは、この問題の核心にじつにふさわしい。

“I was reading last night of the aspiration of the old Persian poet, Omar-Khayyam,” he told the judge. It appealed to me as the highest that I can vision. I wish it was in my heart, and I wish it was in the hearts of all: So I be written in the Book of Love; I do not care about that Book above. Erase my name, or write it as you will, So I be written in the Book of Love.”

彼は裁判官に向かってこう言っています。「わたしは昨晩、昔のペルシャの詩人オマル・ハイヤームの強い願いについて読んでいました」と。「それはわたしの想像しうる至高の希求としてわたしに訴えかけてきました。それがわたしの心の中にあったなら、そしてそれがすべての人々の心の中にもあったならと願わざるを得ません。彼はこう書いています;故に、我が名は愛の書物(the Book of Love)の中に刻みたまえ。あの天上の記録(Book above)のことは関知せず。我が名が消されようが、好きに書かれようが、ただしこの愛の書物の中にこそは、我が名を記したまえ」

 

via: 隔数日刊─Daily Bullshit: オルバーマン翻訳

 

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コメント

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  • コメント (13)
    • 2014年 11月 06日

    なんで嫌われるかって?
    糞は便所でしろって親から習わなかったか?それができないんじゃ、嫌われてもしょうがねぇよ

    •  
    • 2014年 11月 06日

    いや、どう理性的なふりをしたって、この問題に関しては生理的嫌悪感は
    本能から来るものなんだから、否定しようとしてどうにかなるもんじゃないよ。

    • ひさびさ
    • 2014年 11月 06日

    ↑?
    どういう意味だよ

    • ひさびさ
    • 2014年 11月 06日

    あ に対してです

    • ひさびさ
    • 2014年 11月 06日

    生理的嫌悪感?
    どうせレズ動画でも見てせんずりこんてんだろ?
    本当にクズだな

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 06日

    生理的嫌悪感があるのは否定しないが、それを口にだしたり国が弾圧するのは馬鹿げてるだろ

    • 2014年 11月 07日

    例えば性癖のスカトロを認めろと世界中のスカトロマニアがデモ行進をしたらどう思うよ?
    気持ち悪い、汚い、なんで認めなきゃいけない?隠れてやれよと思うだろ?
    便所で用をたすように、人目を避けてお行儀良くやれば誰も文句言わねぇよ

    同性愛も隠れてやりゃあいいのに、道端で糞を垂れる権利を与えろと来たもんだ
    愛だの人権だの聞こえのいい文句を並べちゃいるが、連中のやろうとしてる事は公開スカトロと同じさ

    生理的嫌悪を感じる人間にとって見りゃ、こんな感じだろ

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 07日

    雌雄異体の生物なんだから同性愛が奇異に見えるのは普通だと思うんだけどねぇ…
    まぁ、どうでもいいや。

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 07日

    むしろ同性愛肯定派の方が感情論でファビォってるじゃねえか
    見事なブーメランだわ
    人権だの個性だのと尤もらしい事を連呼し、良い事も悪い事も、正しい事も間違っている事も、全部ごちゃ混ぜにして、何でも”有り”とする超理論こそ感情論以外の何者でもない

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 07日

    俺からしたら他人が同性愛だろうがどうでもいい。
    まあコンドームはつけろよとは思う。

    • キジトラさん
    • 2015年 2月 24日

    これって感情論が先行すると、「同性愛者を傷付けるような表現は程度に関係なく
    許されない」みたいな極端な人権擁護に走ったりでろくな事にならないだろうな
    ほんの僅かな生理的嫌悪感を顔に出しただけでも、差別主義者として
    激しく糾弾されることがあるかもしれない

      • John
      • 2015年 8月 24日

      人種や性別、性的指向に対して「生理的嫌悪感」を示した奴が
      「差別主義者として激しく糾弾される」のは当然のことなんだが

      このコメント欄、基本的人権とか
      法の下の平等とかの存在すら無視してるような奴らのコメントばかりでうんざりする

    • キジトラさん
    • 2015年 8月 24日

    人種や性別、性的指向に対して「生理的嫌悪感」を示した者が
    「差別主義者として激しく糾弾される」のは当然のことだろ

    基本的人権とか法の下の平等とか知らない人間ばかりの書き込みでうんざりする

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