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小三からの英語教育は無駄。やるべきことは「自力での学習を可能にする教育」

小学校三年生からの早期英語教育。高校では議論ができるレベルまで引き上げることを目標として、学習指導要領の全面改訂に向かった動きが出ています。まず断言できるのが、これは不可能だということ。そして、本来目指すべきは「自力での学習を可能にする教育」であると思います。



 

小中高校の学習内容を定めている学習指導要領の全面改訂について、下村博文文部科学相は20日、中央教育審議会(中教審)に諮問した。国際的な人材育成に向け、小学3年から英語教育を始め、高校では英語で討論できるレベルを目指す。高校の日本史の必修化や規範意識を学ぶ新科目の創設も議論する。中教審は2016年度中に改訂内容を答申する見通し。

 文部科学省は答申を受けて指導要領を改訂する。教科書の製作や検定を経て、新しい指導要領は小学校で20年度、中学校で21年度、高校で22年度以降に実施される。

 諮問では、現在は教科外の活動として小学5年から導入されている「外国語活動」を小学3年からに前倒しし、5、6年は正式教科に英語を加えることについて検討を求めた。

 中学校では英語の授業は基本的に英語で実施。高校では英語で「発表、討論、交渉などを行う能力を高めること」を目標とする考えも示した。

 英語教育以外の改訂では、高校の地理歴史のあり方を見直す。自国への理解を深めるため、現在は選択科目となっている日本史の必修化の検討を求めた。国民投票の投票権年齢が18歳以上となることを踏まえ、社会的な規範意識を身に付ける高校の新科目の創設についても審議する。

 

via: 小3から英語授業、高校では討論レベル 指導要領諮問  :日本経済新聞

 

まずは確認

さて、最初に確認しておきたいことはこれは決定されたことではないことです。小中高校の学習内容を定める学習指導要領が全面改訂されることに伴い、様々な案が提出されていることはご存知かと思います。歴史教育の導入や、道徳の教科化など、議論を生んでいるものも多いようです。

 

その内の一つとして、英語教育においても革新的な提案がなされているわけですね。小学校三年生から英語に慣れさせ、中学では「英語で英語を教える」ようになり、高校では「発表、討論、交渉などを英語で行う能力を高めること」を目標とするという、かなり高いハードルです。

 

実現可能性はどうか

まずはその教育の実効性の前に、そもそも可能なのかどうかという観点から考えてみましょう。一つ目、小学校三年生から英語に慣れさせるアクティヴィティを増やす。これは可能でしょう。ただ単に実行するだけですし、英語の歌でもみんなで歌っていればそれでよいと思います。発音矯正の手助けにもなるでしょう。

 

次に五年生からの英語教育スタート。ここから、ちょっと怪しくなってくるでしょう。小学校の先生に英語を「きちんと」教えるスキルを身につけてもらうのはかなり厳しいと思うからです。特に初期は「文法がしっかりとわかっていて、人に教えるレベルになっている」人が教えないとおかしな理論を植え付けられてしまいます。

 

そして中学からの「英語で教える英語教育」はもう完全に無理ですね。まずそんなスキルを持った先生はいません。その授業についていくための基礎力を小学校の先生が教えられるわけもありません。無理です。あるいは小学校の先生の「どの教科も受け持つ」システムを大幅に変更すれば可能かもしれませんね。

 

そして高校での「発表、討論、交渉などを英語で行う」も同じように不可能でしょう。第一に「現時点での教育では、日本語ですらそれができるレベルに達していない」ということ、第二に「それを教えられるレベルの先生がいないこと」です。

 

後者においては、同じく日本語でもほとんどの先生ができないはずです。これらの能力はスキルであり、技術であり、学校の先生に求めることのできるものではありません。これらをきちんと教える事ができるなら、それ自体で仕事にできるようなことを要求しています。無理です。

 

人によって求める英語力は違う

筆者は個人的に、英語教育が向かうべき先は「自力での学習を可能にする教育」だと考えています。理由はいくつかありますが、一番明確なものが「人によって求める英語力が違う」という点です。

 

普通に高校を卒業して働く人たちにとっては「発表、討論、交渉などを行う英語力」などまったく必要ないことは自明でしょう。むしろ、ちょっとした日常会話レベルの能力でしたり、あるいは新作のドラマを(少なくとも英語字幕さえあれば)英語音声で理解できたり、雑誌を読めたりすることの方がよほど大事でしょう。

 

また、アカデミックの世界に進む人たちにとっては「外書をきちんと読む力、論理を追う力」が非常に重要でしょう。海外の大学に行くことも想定しているのであれば、それらを耳でも理解できる力が必要になってきます。

 

あるいは、「発表、討論、交渉のための英語力」を求める人たちもたくさんいます。これはビジネスの世界でこれだけ英語スクールが広告を出していることを考えると自明ですね。しかし、こういった人たちは少数であり、ほぼ義務教育といっても良い高校に求めるべき目標とは言えないでしょう。

 

自力での学習を可能にする教育

さて、筆者の意見としてはこれがもっとも大事だと思います。先ほどの例でいうと、「ドラマや日常会話のための力」あるいは「アカデミックな文章を理解し、また聞いても理解できる力」そして「発表、討論、交渉のための英語力」を身につけるための力、ですね。

 

自分の目標が定まれば、やるべきことは人によって違います。しかし、そのためのベースとなるための基本的な知識は変わりません。フォワードをやるにしても、ディフェンスをやるにしてもキーパーをやるにしても、サッカーのルールやボールの形状がわかっていないと始まらないでしょう。

 

その「ルールやボールの形状」に当たる部分をこそ、義務教育できちんと教えることが重要でしょう。それは結局、中学校三年生〜高校二年生くらいまでの文法力であるといえます。センター試験でいうと、140点くらいでしょうか。英検でいうと準2級、TOEICでいうならReadingにおいて200〜250点くらいのレベルですね。

 

正直な話、単語さえ人によってかなり語彙が違います。例えば日常会話のレベルにおいては「それはねえわ」といった表現はありえますが、「議論、交渉」や「アカデミックな理解」ためにはまったく必要のない知識です。裏を返せば、「危害の実現可能性」といった言葉はあまり日常会話レベルではでてこないでしょう。

 

大事なのは、自分がどんな英語力を身に付けたいのか気づいた時に、どうやってその力を身につけることができるかを知っているかどうか、ということです。それぞれまったく違う次元の勉強をしなくてはならないでしょう。アカデミックな本が読めても日常会話ができないなんてのはよく聞く話です。

 

どうやってその力を身につけることができるか、については人によってかなり意見が分かれています。が、英語の基礎力の部分は概ね一致していることが多いと思います。文法(語法、イディオムを含む)です。また、発音は早いうちにある程度形を覚えておいたほうがよいので、この二つでしょうね。文法と発音です。

 

発音は小学校三年生からネイティヴの音声に慣れて真似して歌っていたらかなり向上すると思います。継続しないとすぐ忘れますが。

 

このレベルの文法と発音が身についていれば、あとはそれぞれが自分の興味に合わせて勉強していけばいいのです。日常会話のための本は山ほどありますし、アカデミックのものも、ビジネスのものも色々です。その参考書リストでも作る事ができたらいいのですが、公教育では難しいかもしれませんね。(記事の最後に少しだけ掲載しておきました)

 

まとめ

というわけで、こういった学習指導要領の全面改訂は「絵空事」でしょう。事実、不可能だと思います。早いところ、「自分で勉強するための基礎力」をつけることにシフトしていくのがいいと思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか。

 

ちなみに、筆者の個人的な経験を思い返してみても、「自分で勉強して手に入れた英語力」がほとんどです。高校の時の先生が与えてくれた膨大な参考書を自分でこなし続けたことで「適当な中高の英語教育によって欠落していた基礎能力」を取り戻し、大学では自分のやりたい勉強をしていました。

 

小説が読みたかったので実際に洋書を読みながら辞書をひき、国際政治や政治哲学の本を読むために辞書をひいていました。一定の文法が身につけば、辞書さえあれば読み下すことができるようになります。そして読んでいくうちにどんどんその精度は上がり、単語も自ずと覚えていきました。

 

ちなみに、この学問領域によっても求められる語彙は全然違います。筆者は先述した政治学寄りのもの以外にも、経済学や社会学、経営学にも手を出していましたが、毎度最初はかなり苦労していました。それぞれ専門用語も多いですし、ここでも「人によって求められる能力が違う」ことがわかりますね。

 

イギリスの大学で勉強していたこともありますが、日常会話ではくだけた表現すぎてすぐに理解できないこともよくあります。このように、個人によって求める力もレベルも異なりますが、それでよいと思います。大事なのは基礎力。あとは学生に任せましょう。

 

最後に、自分が使っていた参考書をいくつか紹介して終わります。大学受験の人も、もう大学生の人も、社会人の人にも通用するものをいくつか。ぜひ実際に使ってみてください。語学学習は、参考書代だけ考えればかなり安いです。

 

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コメント

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  • コメント (1)
    • キジトラさん
    • 2014年 11月 23日

    問題分析や議論の方法を教わってこなかった学生に「問題分析ができない」とか「自分の意見がない」と批判しても、それはないものねだりである。それはちょうど、まだ泳ぎ方を教わっていない学生をつかまえて、「なぜ泳げないのか」と叱るようなものである。

    っていうのと似てるけどまずは国語教育が優先だよね

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