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地域大会で優勝した女の子にも金メダルを渡さないのが相撲界の常識ならぶっ壊せ

これは酷い。元々地域大会で女子が優勝することもあったのに、それでも金メダルが渡されていない歴史があったなんて信じられないな。



わんぱく相撲が問いかけたもの

土俵の女人禁制が最初に大きく報じられたのは1978年だ。

きっかけは子供が出場するわんぱく相撲である。わんぱく相撲では東京各地で予選が行われ、それぞれ上位に残った代表が国技館の決勝大会に進む。

この年、荒川区では女子小学生が準優勝したが、大会規約には、女子が代表になった場合には決勝大会には進めないとあったのである。

この件をめぐり、労働省の局長を始めとする3人の女性官僚が当時の日本相撲協会理事に申し入れをした。

官僚側の「女性不浄視が理由なのか」という問いに対し、当時の伊勢ノ海親方らは「土俵は練磨の場であり、そもそも選ばれた者しか上がることはできず、女性蔑視は無関係である」と答えた。

女性官僚側はこの答えで引き下がっているが、男子小学生は上がれて、女子は上がれないという論理が破綻しているのは明らかだ。

わんぱく相撲問題は尾をひく。

1991年、全国規模でわんぱく相撲が開催されたが、徳島県美馬郡の予選で女子小学生が優勝した。だが、国技館の決勝大会には女子は進めないとされ、全国大会出場権を意味する優勝メダルは準優勝の男子に渡された。

これについて、大会を主催した東京青年会議所が、大会はそもそも男子が対象であり、地方大会だけは地域親善の意味合いが強いため女子参加を認めているというよく分からない主張をしている。

こうした曖昧な態度は現在まで影響している。今月8日に春巡業「富士山静岡場所」で恒例の「ちびっこ相撲」が行われたが、4日前に相撲協会から女子は参加しないようにという要請があったというのだ。相撲協会が本場所と巡業の区別がつかなくなっていることがうかがえる。

日本では女人禁制は特に宗教と深く関わってきた。

女性の不浄視に由来するものもあれば、修行などで男女を区別するために男子禁制・女子禁制の双方があったが、男子禁制の尼寺が減少することで女人禁制だけが目立つようになったケースもあり、一概には言えない。

いずれにせよ、明治維新以降の近代化と共に前近代的な禁制は少しずつ解除されてきたが、それと同時に、近代化が進展するがゆえに、新たに禁制が発見・強化されるケースが存在する。

そして大相撲は、伝統的神事と近代スポーツの双方を含みもつため、禁制とその解除をめぐる議論が起きやすい場であると言えるだろう。

via: 相撲協会が「女人禁制」をいまだに徹底する理由(岡本 亮輔) | 現代ビジネス | 講談社(4/4)

sumo mismatch2 地域大会で優勝した女の子にも金メダルを渡さないのが相撲界の常識ならぶっ壊せ

 

目が点

相撲関係のことが最近どんどん話題になり炎上していますが、今回のこの参照記事は非常に良いものでした。というのも、相撲以外の様々なケースを引っ張ってきて、伝統と差別について説明してくださっているからです。女性差別だけではなく男性差別もまたあったわけですが、そういうこともきちんと紹介してくれています。そういうところが気になる人は是非本文を見に行って頂けたらと思います。

 

が、今回強調したいのは地域の相撲大会で女子が優勝をしても、全国大会のような場には女子が出ることが出来ないというものです。これには非常に驚きました。しかも金メダルも女子ではなく準優勝ないしそれ以下の男子に贈られるというのです。気が狂っているとしか思えないんですが、一体なぜこんなことになっているのかさっぱりわかりません。

 

大体相撲協会側の理屈も最早無茶苦茶で、本来は女子禁制だが地域レベルなら親睦的な目的があるからokって、もう全く意味がわからない。全国レベルでも親睦を深めたら良いのではないでしょうか。土俵に乗せていいかどうかも、もう全くそれぞれのステークホルダーによってその理由が違うのが腹立たしい。

 

ある人は女子禁制というのが伝統だからといい、ある人は女子が怪我をするリスクがあるからと言い、またある人は違うことを言い、と。せめて協会の中で統一した見解を出して欲しいと考えるのは私だけではありますまい。こんなにも酷い団体や組織がいま日本に存在しているということに驚きです。

 

相撲はマイナースポーツ?

中には、相撲のファンの人にとっては「普段見もしないくせに鬱陶しい」と思う方も少なくないようです。そりゃそうですよね。普段見てないくせに差別的なことがあったときだけやってきて伝統文化を破壊して、それで満足したらまた相撲になんて全然興味も持たなくなるくせに…と思う気持ちは容易に想像が出来ます。

 

しかし、それは特に何の理由にもならないでしょう。権利問題に対して、主張する人間に必要なんてものはありません。、あるとすれば人間であるかどうか、というだけのことです。人権問題とは、まさに特定の属性によって差別されないことについての問題であり、そして人権とは被害者だけが主張するべきものではないからです。ただそれだけのことですね。





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