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1982~86年生まれ「はざま世代」の特徴とは 
2014/07/15 20:02  コメント (12)
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  • はざまの世代

    ポスト団塊ジュニア(就職氷河期世代)と、ゆとり世代の間…1982~86年ごろに生まれた人たちのことを、「はざまの世代」というようです。 わたしは、はざま世代ど真ん中。

     

    で、ブロゴスで高山武士氏が、はざま世代についての世代論を書いていたので、ちょっとコメントを。



    「競争重視」と「個性尊重」

    高山氏は、はざま世代を「競争重視」と「個性尊重」との間で揺れる中途半端な世代である、と論じています。二極化が激しい世代だ、ということもできるかもしれません。 そういわれるとそうかもしれない…と思う節もあるのですが、わたしは高山氏の世代論にはあまり賛同できません。

     

    はざま世代だとか狭間の世代だとかでググってみるとわかるのですが、この世代は特徴・傾向があまり分析されていない世代でもあります。中途半端で掴みづらいってのは事実なのかもしれません。 わたしは、はざま世代ってのは世代論で語り切れないし、世代という概念にもあまりこだわらない個人主義的な世代なんじゃないかと思っています。(こうやって~な世代だ、ということ自体が矛盾してはいるんですがw)

     

    要は、一般的な傾向を指摘することができない。 ○○世代と言われたことがほとんどないから、世代としての団結心もないし。 どこの世代もそうなのかもしれませんが、知り合い・友人などを思い出してみると実にいろんな人がいました。個性的な友人ばかりに囲まれて育ってきただけのことかもしれませんけどw だからこそ、世代で論じてしまうってのがなんだかバカバカしく感じてしまいます。 このように感じてしまう世代が、はざま世代なのかもしれません。

     

    はざまの世代は新自由主義の申し子?

    ところで、ソースが明らかでなく、非常に主観的な意見なんですが…知恵袋には、新自由主義の申し子のような世代が、狭間の世代だ、という書き込みが見られました。 個性云々ってよりも、自由さを追求する(ゆえに個性的になる)ってことなんでしょうか。 うーん、しっくりくるような来ないような。

     

    世代論ってのが暴論に見えるし、そんなことを語った経験もあんまりないってのは、わたしたちの世代だけに限ったことではないのかなぁとも思いますが…団塊の世代やゆとり世代なんかを見ていると、集団としての定義付けがキチッとしていて大変だなぁと思うこともしばしばあります。

     

    はざま世代…認知度が低いだけあって、日常会話でもあまり使えなさそうな用語ですな。一から説明するのが面倒な世代ってのは事実かも。

     

    記事引用

     筆者は1984年生まれ。「はざま世代」である。
     何の「はざま」かと言えば、「競争で一番を目指すこと」と「個性を尊重すること」のはざまである。

     

    「はざま世代」は、1982~86年ごろの生まれを指している(使う人によって多少は前後するようである)。これは「氷河期世代」(1970~82年ごろの生まれ)と「ゆとり世代」(1987~2004年ごろの生まれ)との中間にあたる。この世代を表現する言葉はあまり普及していないようで、ネット上で偶然「はざま世代」という表現を見つけてからは、便利なので時々使っている(ただ、定着はしていないようだ)。

     例えば、堀江貴文ライブドア元社長(ホリエモン)は1972年生まれで氷河期世代。メジャーに移籍し活躍している田中将大選手(マー君)は1988年生まれでゆとり世代。はざま世代は、歌手の宇多田ヒカルさん(1983年生まれ)や女優の深田恭子さん(1982年生まれ)がいる。

     

    さて、先輩にあたる「氷河期世代」の由来は就職氷河期である。この世代は団塊ジュニア、ポスト団塊ジュニアにあたるため人口が多い。バブル崩壊後の経済停滞期に就職活動が重なった世代であり、就職難を経験した人たちである。勝手なイメージで恐縮だが、偏差値や年収のような序列への意識が強く、期せずして「競争」することが求められた世代という印象である。

     バブル期は、好景気を背景に収入を増やした人、資産運用などで富を得た人が少なくなかった。「氷河期世代」は、学生時代にバブル景気を経験し、こうした「典型的な成功」を直接に見てきた世代でもある。好調だった時代を見る一方で、自身が就職する頃は優勝劣敗も大きくなっており、こうした状況が、競争重視に拍車をかけた面もあるかもしれない。

     バブル崩壊以降、日本の低迷は長引き、失われた20年と呼ばれる時代に突入した。多くの人が「勝ち組」になれる時代は終わった。大企業のリストラも珍しいことではなくなり、良い企業に勤め、出世しても報われないことなどが指摘されはじめる。こうした状況のなかで、「典型的な成功」像というものは薄れている。後輩にあたる「ゆとり世代」の由来は「ゆとり教育」であり、戦後の詰め込み教育から脱して、自分らしさを重視した教育のことを指している。

     「ゆとり世代」のイメージは、マイペースで自分の時間を大切にし、勝負の勝ち負けよりも「個性」を大切にする世代である。稼ぐことと幸せになることは違うなどの価値観が普及した世代と言えるのではないだろうか。

     そして「はざま世代」は、これらの中間にあたる。自分の経験を振り返っても、思い当たるフシはある。競争して「上」を目指したい人には年収の高い外資系のコンサルティング会社や投資銀行が人気だったし、就職せずに自分探しをする人、定職に就かない人も少なくなかった。「はざま世代」は競争重視と個性重視の間にはさまれた、ともすれば中途半端な世代である。しかし、自分が属していることもあって、個人的には嫌いになれない。良く言えば、競争重視の視点と個性重視の視点の双方を見ることができる世代と言えるだろう。

     

    もちろん、生まれた世代だけで、人の性格や価値観が決まるとは思わない。ただ、それぞれの時代の経済環境が、その世代の人の価値観に影響を及ぼしてきた面は皆無ではないと思う

     では、「競争重視」と「個性重視」ではどちらが重要なのかと問われれば、それはどちらも重要だと思う。競い合うことで技術や能力は向上していく。その意味で競争は大切である。ただし、様々な人を一緒くたに同じ土俵に乗せて競争させるのではなく、それぞれの強みを活かすこと、個性や多様性を尊重することが重要となる。これは競争を避けるということではない。それぞれが好きな分野、得意な分野を選び(見つけ)、そこで強みを伸ばすために必要な競争をするということである。

     

    今の日本の経済状況を見ると、アベノミクスによる成長力向上が期待されている。なかでも、民間投資を喚起する成長戦略(いわゆる「第3の矢」)への注目は高まっている。成長戦略の推進にあたってもこの「競争」と「個性」の双方を重視して欲しいと思う。

     すでに日本は、グローバル化、情報化、高齢化などで、モノづくりを含め、これまで日本が強かった分野で勝ち続けることは難しくなっている。しかし、観光やクールジャパンなど、個性を活かし今だからこそ発揮できる強みもある。日本の強みは保護して守るのではなくて伸ばすべきであり、そのために必要な競争は促進すべきだろう。

     「氷河期世代」「はざま世代」「ゆとり世代」は、育ってきた環境はそれぞれ異なるかもしれないが、これからの日本を創造していくという意味ではいずれも主役であり、同じ役割を担っている。それぞれの良い点を活かして、次の世代に引き継げたら、と思っている。

     

    via: 「はざま世代」が思う、競争と個性 – 高山武士

     

    狭間の世代。
    個人的には松坂世代の方がしっくりくる。

    この世代は個人主義と新自由主義で片付けられることが多い。
    ゆとり教育は私や質問者の二年後に始まる。ゆとり世代とも性格が異なる。ゆとり世代が最も日本人的ならば、最も日本人的でないのが狭間の世代だ。
    極めて個人的で、概して物の見方は公平、冷淡。弱肉強食型で、あらゆる部面での努力を惜しまない。ゆとり教育を受けていないが、大学卒業とともに就職氷河期が開始され、学歴からスポーツ、芸術まで、競争を運命づけられた、新自由主義の申し子達でもある。
    平均的能力が最も高いが、概して格差があり、故にゆとり世代とは逆の意味で弱肉強食タイプの極端な性格の人間が多い。この世代は、生半可な議論を許さない傾向にあり、自己利益には極めて鋭敏で、はっきり物を言う人が多い。故にかえって自己の責任に固執し、人間関係には冷厳な傾向にある。但し人間性の否定は他の世代と比べしない。依頼心が最もなくまたは欠如しており、自立心が最も旺盛である。情報も迂闊に信じず、論理性がないことはどのような事であっても、あてにしない。
    個人主義が基本概念となっている世代である。他の世代はゆとり世代と強者におもねり弱者を痛ぶる点で人間性の面では変わらない。が、彼等は人間性の面ではそのような傾向は少ない。但し、新自由主義的側面から結果的にそうなっている。また、新自由主義的側面なので、かえって弱肉強食が極端であるとも言える。

    私の感想は、他の世代は教養が高くなければ、責任感は無く、論理に欠けた会話をするので、正直、苛つく。しかし、狭間の世代はよくも悪くも責任と論理は通してくることが多いので話はしやすい。が、恐ろしく自己利益に鋭敏なので油断ならないし、弱者というより無能に冷厳なので、甚だ人間性を疑うことも多い。
    ある種、私的関係においては最も付き合いにくい。

    via: ポスト団塊ジュニアの次の世代って何ていうのでしょうか?自分が1983年生まれ… – Yahoo!知恵袋

     

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    カテゴリー 社会 なか

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    コメント一覧
    1. キジトラさん
      2014年7月15日20:51  ID: MjY4NjA3M

      社会学者の役立たずさは異常
      勘違いも甚だしいわ

    2. キジトラさん
      2014年7月15日21:24  ID: MzE3MzczM

      知恵袋自分の世代だからって美化しすぎできめぇwwwwwwwwwwwwwwwwwwww

    3. キジトラさん
      2014年7月15日22:21  ID: MTQ5ODAxO

      そんなわずか数年で特徴が立つことってあるの

    4. キジトラさん
      2014年7月15日22:22  ID: MTQ5ODAxO

      そんなわずか数年で特徴が立つことってあるの

    5. 名無し
      2014年7月16日0:02  ID: MzMxMzE3O

      永井産業

    6. 名無し
      2014年7月16日0:06  ID: MzMxMzE3O

      三行じゃなくていいから短くまとめてほしい
      同世代だが、文章力がないように見えるじゃないか

    7. キジトラさん
      2014年7月16日1:15  ID: MTMyNTUyN

      サカキバラ世代が何だって?

    8. キジトラさん
      2014年7月16日3:07  ID: MzMzOTA5M

      すごいですね、ここまで妄想を垂れ流せるとは。
      根拠薄弱すぎて全く論理的整合性がとれない分析ですね。

    9. キジトラさん
      2014年7月16日3:34  ID: NDkxMTczN

      いい加減世代括りで何でも結論付ける風潮は止めようと思わないのか。なーにが狭間世代だよ。アタマ悪りい。

    10. 2014年7月16日3:35  ID: NDkxMTczN

      いい加減世代括りで何でも結論付ける風潮は止めようと思わないのか。なーにが狭間世代だよ。アタマ悪りい。

    11. キジトラさん
      2014年7月16日7:49  ID: NTg5NTY1M

      いや、ゆとりでいいやん。
      ゆとり世代は害悪って括りでいいやん。

    12. 2016年4月10日10:32  ID: MjU3ODMyN

      ↑コメント欄にホコリがたまってますよ。

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