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マリオやドラゴンクエストが日本で生まれた理由 

チームラボの猪子氏がゲームの歴史を語る

チームラボの猪子氏が、マリオブラザーズやドラゴンクエストが日本で生まれたワケについて語ったようで…それに対して、様々な批判・ツッコミが入っているようです。

 

ブロゴスでは、オランダIT企業のL.starさんが、ゲーム史の知識を交えながら論考していました。 RPGの歴史・発祥なども含めて、相当くわしい解説… 物心のついたころには、ドラゴンクエスト3が発売されていた年代のわたしは、サッパリw

 





RPGを独自に発展させた日本

ただ、RPGなどをはじめとするゲームが欧米で生まれ発展したことと、日本である種独自の方向性で定着・発展していったことは、傾向としては事実のようです。日本人は、ゼロから何かを生み出すのではなく、文化・技術を輸入してオリジナルのものにするのがうまい、というような話を中学生のころに社会の先生が語っていたことを思い出します。マネ・パクリがうまい、などと書いてしまうと誤解を招きそうですし、ゼロから生み出すスキルもあるっていう反論もあるかもしれませんが… 日本人はカスタマイズがうまいってことは確かなんじゃないかなぁと勝手に思ってます。

 

ドラクエについて

さて、ドラクエについて。 JRPGの金字塔ともいえる作品で、海外のゲームをベースにしている作品。 初代ドラクエについては、容量の限界と戦いながら作成していたと聞いたことがあります。できるだけ文字を使わないようにして、カタカナは20文字しか登録されていないとかなんとか…w それで、独特の響きのある呪文などを作っていったというのですから、制約の中で生まれるすばらしさというものもあるんだなぁ、と感心。

 

初代ドラクエにはサブタイトル(3なら「そして伝説へ」)がついていませんが、小学生のころ友人が「カニ歩きの冒険」などと名付けて面白がっていました。東西南北を学校でならっていなかった当時のわたしには、ファミンコン版のドラゴンクエスト1はプレイするのがなかなか難しかった記憶があります…。

 

日本人の感覚にあったゲーム

ちょっと話がずれてしまいました。 当時としてはすでに目新しいシステムではなかったマリオとドラクエ。しかし、日本人の感覚にピッタリあってブレイク・ヒットしたというのは事実。そういう意味では日本的なゲームである、といっても決して間違いではないように思えます。

 

アニメもそうだけど、日本人ってやっぱり3Dよりも2Dの方を好む傾向があるなぁ。わたしは3Dアニメなんかは苦手です。

 

記事引用

ブロゴス:ゲーム史的に正しい「ドラクエが日本で生まれたわけ」 から

 

チームラボ猪子氏が語る「マリオやドラクエが日本で生まれたワケ」

というのがよく荒れておりました。荒れる理由はゲーム史に対する不理解で、例えば以下の文面はゲーム史論文などというテストがあれば0点です。横スクロールアクションとしてのスーパーマリオブラザーズは、もちろんゲーム史的に非常に重要なマイルストーンではあります。しかし、実際には最初どころがわりと後発です。

一瞬話変わるんですけど、これはマリオ。僕の大好きなマリオ。実はマリオというのは世界で一番はじめに、世界で初めて横スクロールアクションという概念を生み出して、実際世界中で大ヒットしています。世界中の人々はマリオを生んだ人に対して、天才なんじゃないかと、神のように賞賛しています。でも考えてみてください。マリオを生んだ人は京都にいて、京都は伝統的な日本の空間の認識によってデザインされた空間に溢れています。もしかすると毎日の生活の中で、自分の生活に対していつも世界は横側にあり、その横側にある世界はレイヤでデザインされていて、普段の生活の中で見ている風景を、そのままゲームという世界に落としただけなのかもしれません。

日本人はレイヤーで理解するから俯瞰的で、欧米人はパースペクティブで考えるから一人称視点、というのは分からなくもないです。例としてFPSが出ていますが、一人称視点でリアルを追求するのは実際に米国の一人勝ちです。しかしよくよく考えて本当にそうなのかというとそれだけじゃないでしょう、という気もする。じゃあ本当にゲーム史から考えるとどうなるのか?というのをつらつらと考えてまとまったので、今日は「ドラクエ」について書いてみます。つまりJapanese RPGとしてのマイルストーンのドラクエの「日本らしさ」について、です。

まずRPGですが、サラブレッド三大始祖ならぬRPG三大始祖があるとすれば、以下の3つでほぼ決まりでしょう。これらは、すべて「米国製」で、RPGという概念がそもそも輸入であることがわかります。

  • Rogue
    ランダム生成の俯瞰的ダンジョン冒険ゲームで、ほとんどすべてのダンジョン生成式RPGの始祖。
  • Ultima
    俯瞰2Dのフィールドを歩きまわり、複雑な戦闘をこなすタイプのCRPGの始祖。なおダンジョンは3D
  • Wizardly
    3Dダンジョンを冒険し、クイックな選択式の戦闘を行うタイプのCRPGの始祖。

あとはこれをどのように解釈して輸入していったかということになりますが、まずUNIX発祥でメモリリソースをバカ食いするRogue型が日本で導入されるのはかなり後で、有名所ではトルネコの大冒険あたりですので、今回は除外します。残る2つ、UltimaとWizardlyは当時のほとんどすべての日本(国産)RPGに影響を与えており、ドラクエも例外ではないどころが、影響を色濃く受けていることを公言しています。ですので、これを「どのように消化したか」が、日本らしさの見せ所になるのでしょうか。どのように、というと、初期のRPGでは3つの点があげられるかと思います。

  • 補助的な冒険の舞台であるフィールドは2Dか、3Dか、そもそも存在しないか
  • メインの冒険の舞台であるダンジョンは2Dか、3Dか
  • 戦術の見せ所である戦闘は、2Dによるタクティカル・コンバットか、単純画面・選択式のクイックコンバットか

そもそもTRPGを、特にD&Dの影響を色濃く受けて誕生したCRPGは、「ダンジョンに入ってお宝を持って帰る」というのが基本的なスタイルでした。その中で視覚情報を元に自分でマッピングをしながらプレイする3Dは、どちらかというと本格的、というイメージが強かったのは確かです。例えば、国産初のRPGと呼ばれるブラック・オニキスは「フィールド(街):3D、ダンジョン:3D、戦闘:クイック」を選択しました。大分あとになりますが、国産のTRPGから展開した本格RPGである「ロードス島戦記」も「フィールド:2D、ダンジョン:3D」を選択しています。

特にグラフィック描画を行う場合、2Dの細かいドッド描画は大変なこともあり、初期には直線だけで書ける3Dが流行りました。これが高性能化するにつれ、確かに2Dは増えていきます。本格的な2D RPGというと、夢幻の心臓あたりでしょうか。

また、日本では「ドルアーガの塔」「ハイドライド」「ドラゴンスレイヤー」を始めとする、アクションRPGというジャンルが勃興します。これはアクションゲーム(通常全方向スクロール)に対して体力、攻撃力、防御力、経験値といった「RPGっぽい要素」を付加したもので、3Dがリアルタイム描写が難しいことから、主に2Dでした。こういったゲームは当時の8ビットパソコン(PC-8801等)でリリースされています。アクションRPGについては、ゼルダの伝説が決定的なマイルストーンでしょう。これも全編2Dです。

さてファミコンでリリースされた初期の傑作RPGとも言える ドラクエは「フィールド:2D、ダンジョン:2D、戦闘:クイック」を選択しています。この頃になると、2DのRPGもそれなりに普及しており、当時の国産RPGとしては実は保守的なものです。ドロー式のグラフィックを考慮しない、アクションゲーム向けのハードウェアの制約を考えると、2Dのほうがやりやすかったのでしょう。後には3Dダンジョンのファミコンゲームもいくつか発売になりますが、全編3Dなのはドラクエから半年後、しかもディスクシステムの「ディープダンジョン」になります。技術的な制約も大きかったせいか、基本的にはコンシューマー機のRPGはしばらく2D主体で進みます。ファイナルファンタジーなどもその一つです。

一方米国では、3Dが優勢です。Ultimaは確かに2D RPGの生みの親でありますしその後もかなり長い間影響力を持ちますが、当時の米国の本格的RPGの多く、例えばWizardlyやUltimaと並び称されたMight & MagicやBard’s Taleなどは「フィールド(街):3D、ダンジョン:3D」です。 米国では引き続き本格RPG=3Dの図式が続きます。日本のアクションRPGが2Dアクションの系譜から進化したのに比べ、「ダンジョン・マスター」が決定づけた米国のリアルタイムRPGは3Dです。

例も出したとおり、日本で3Dが流行らなかったわけでも、アメリカで2Dが出なかったわけでもありません。しかしながら、確かにアメリカは3D,日本は2Dという傾向がはっきりと見て取れます。これはもう一方でアメリカのRPGは硬派で本格的、日本のRPGはカジュアル、というイメージにもつながります。

もう一つ言えるのは、アメリカ=TRPGの延長で自分がプレイするゲームであることを望んだ、日本=エンターテイメントとして物語を楽しむ、というところかと思います。TRPGの延長である米国のRPGは概ねサブクエストが充実しており、一本道には程遠い部分があります。他方日本では、サブクエストの豊富なRPGは、PC-98後期の「ソードワールドPC/SFC」や「英雄伝説4」など素晴らしい物がありますが、やはり主流とはいえません。あくまで物語的に楽しむサブゲームとしてのお使いや戦闘があります。この点でも、「日本=俯瞰的」「欧米=一人称視点」というのが見て取れるのではないでしょうか。

駆け足になってしまいましたが、実際に日本と欧米でRPGの進化に差があることをゲーム史的に並べてみました。たしかに一定の根拠があるように思えますね。ただ、一つだけ気になるのはドラクエの主人公、喋らないんですよね。これは主人公を一人称視する手法だというのは間違いないですが、たしかに若干ずれている気もします。

 

DQ呪文考(3) [20文字のカタカナ] から

今回はボスのネーミングについて書こうと思っていたが、
重要なことを前回忘れていたので、それについて書くことにする。

というのも、友人に重要な指摘をいただいたからだ。
それは、「20文字のカタカナ」。
ファミコンのDQ1における有名な話である。

ファミコンの頃は、今からは考えられないほどデータの容量は少なかった。
(実に、512KBという少なさである。)
そのため容量の節約のためにいろいろな工夫がなされていたのだが、
その工夫のひとつが「フォントの数を減らす」であった。

ひらがなは復活の呪文(パスワード)に使うこともあり(?)、
すべてのフォントが登録されている。
が、カタカナは20文字しか登録されていないのだ。
その20文字とは、
「イ、カ、キ、コ、シ、ス、タ、ト、へ、ホ、
 マ、ミ、ム、メ、ラ、リ、ル、レ、ロ、ン」
である(「ー」「゛」「゜」はひらがなと共通)。
例外的に「ド」も1文字として登録されている。

この20文字のカタカナは、
DQ1の前に出た
「ポートピア連続殺人事件」
というアドベンチャーゲームをパソコンからファミコンに移植する際、
容量節約のため堀井氏が考案したものとか。
それをDQ1にも採用したのである。

であるから、DQ1に出てくる呪文や街・人・敵・アイテムの名前や
台詞に使われるカタカナはこの20文字の制約があったのである。
「ヘ」はひらがなと共通なので、
実質的には濁音・半濁音を入れて31文字である。

この制約が、逆にナイスなネーミングを生み出したのやもしれない。
独特の語感の理由のひとつと言えよう。

ちなみに、1~3に共通の世界は「アレフガルド」であるが、
1の時点では(ゲーム中では)その名前は出てきていないことになる。
アとフが使えないからだ。
以外と盲点な事実である。

 

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コメント

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  • コメント (1)
    • 2014年 6月 20日

    加えてゼルダも大好きです。これは欧米とかで特に人気ですよね。

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