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増え続ける難民…罪のない人たちの幸せを誰が保障できるのか

落ち着いた家を持たず、子供の病気の治療も十分には行えない。仕事もないため配給を待つことしかできない。生活の展望は見えず、将来の保障もまるでない。そんな人たちが、いまも想像を絶する数存在しています。シリアからの難民だけでも実に320万人にも及んでいます。彼らの生活は、誰がその責任を負うべきなのでしょうか。



 

UNHCR=国連難民高等弁務官事務所のグテーレス高等弁務官は、シリアからの難民が急増している隣国のヨルダンやレバノンで、受け入れ態勢が限界に近づいているとして、インフラ整備などに使われる開発援助の資金を活用して学校を整備するなど、支援を拡大する必要があると訴えました。

UNHCR=国連難民高等弁務官事務所のグテーレス高等弁務官は18日、アメリカの首都ワシントンで、320万人に上るシリア難民の現状について講演しました。
この中で、グテーレス高等弁務官は「周辺国への大規模な追加支援が行われなければ、状況は劇的に悪化する」と述べ、隣国のヨルダンやレバノンの受け入れ態勢が限界に近づいているという認識を示しました。
そのうえで、「インフラ整備などに使われる開発援助のための資金は人道支援の10倍に上るのに、危機の克服に利用できずにいる」と述べ、開発援助の資金も活用して、学校の建設など受け入れ側への支援を拡大する必要があると訴えました。
シリアの難民問題を巡っては、対応に苦慮するヨルダンのアブドラ国王が18日から来日し、日本に対しても支援を呼びかけることにしています。

via: シリア難民急増 支援拡大の必要性訴え NHKニュース

 

難民とは

まずは難民というワードを簡単に解説しておきましょう。難民というのは、「人種、宗教、国籍、政治的意見やまたは特定の社会集団に属するなどの理由で、自国にいると迫害を受けるかあるいは迫害を受ける恐れがあるために他国に逃れた」人々と定義されています。

 

この定義は1951年「難民の地位に関する条約」によって行われており、現在ではこれに加えて武力紛争や人権侵害から逃れてきた人々も一般に含まれています。多くの場合、罪もない人たちが逃げ出さざるをえないような国家から飛び出してきているようなことが多いですが、背景は様々です。

 

難民の地位に関する条約について

さて先ほどでてきた、難民について考えるために重要そうな名前のこの条約。これは1948年、世界人権宣言の中で考えられた「人は等しく権利を持っている」という考え方を背景に作られたものです。国家という後ろ盾がないとしても、それが「人権を侵害されてもいい」ことは意味しないということですね。

 

このような考え方と関連して、ハンナ・アーレントは「所属する権利」を考え出したとも言われています。ユダヤ人というだけで第二次世界大戦時に差別された経験から、「国家に守ってもらう」ということが出来なくなった時の人権概念の脆弱性に気がつき、保護主体へ加入する権利だけは誰もが持っているという内容です。

 

人権とは

そもそも人権とはなんなのでしょうか。これは現代でも様々な議論を生んでいるものです。多くの人はよくわからない、高尚な人たちが口にするよくわからない綺麗事、と考えていてもおかしくはないと思います。

 

人間の権利、と捉えた時に一般に言われるのは「自由権、選挙権、生存権」などが挙げられるでしょうか。権力に不当に干渉されることなく(たとえば急にあなたの車が政府に持って行かれることはありません)、自分の属する集団の未来に影響を及ぼす力を持ち(誰かが勝手にあなたの未来を決めません)、生きて行くことができるわけですね。

 

他にも様々な考え方があり、一概に「これだ」ということは出来ません。特に問題となるのが、人権の内容も然りですが、そもそも人権なるものがなぜ存在するのか、ということの説明のための論理が多様なために説明が難しいのです。(最新の研究では生物学、遺伝子学からの学際研究も出てきています。書籍は以下。かなり面白かったです)

 

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国を持たない人の権利を誰が守るのか

権利自体があることは多くの論者、国家によって認められています。しかし問題は、その保護を行う主体が明確でない(と一般に思われる)難民たちの存在です。通常であればその人が所属している国家にその責任がありますが、彼らにはそれがないのです。

 

しかしながら人権は誰もが持っていて国家によって遮られたりするものではありません。なので、他の国家が難民にたいして責任を持つと考えられるのですね。しかし、一般には「国民」と「そうでない人」への対応は違うべきだというナショナリズム的な考え方が横行しているのが現状です。

 

すなわち、他の国の人を考えるよりもまずは自国のことを考えるべきだという意見ですね。これには一定程度の確かさ、支持が存在しています。また、感情的にもこれに賛同する人は多いでしょう。

 

もっとも有名な例を挙げると、「救命ボートには後一人しか載せることができない。あなたの配偶者と見知らぬ人の二人が目の前で救助を待っている。どちらを助けるか」というものがあります。この状況で配偶者を助ける人を責めることはできないでしょう。

 

この例をもって、ナショナリズム的な考え方が説明されることは多々あります。しかしながら、ここには明確な誤謬が潜んでいます。それは、このケースでは「どちらかしか助けることができない」ということです。

 

難民問題は果たして「どちらかしか助けることができない」ようなケースなのでしょうか。このような視点を持ってみると、(例え事実としてそうだったとしても)この例だけでは説明として十分ではないことがわかるでしょう。

 

まとめ

他にも様々な論理から、「(少なくとも特定の状況下では)他国と自国の人間を分けて考えるべきではない」という結論が導かれることが多々あります。もちろん逆も然りで、自国民を優先すべきだという考え方も存在しています。

 

これらは、経済開発などの観点からも問題視されることがありますね。貧困国の生活を改善するよりも、自国の経済に意識を向けるべきだという論理です。これも根幹は同じですね。よそはよそ、うちはうちという考え方です。(国家の目的は自国民の安全の保障であるから、むしろそのような行為は国民にとっての背信行為だとする学者の意見もあります)

 

いかんせん、難民が発生している多くの地域は日本と地理的に遠いためにこのような議論があまり発展していないように思います。しかしながら、こういったトピックに対しても「なんらかの自分の意見」を持っておくことは決して悪いことではないでしょう。

 

大事なのはその意見が「なんとなくの印象」なのか、それとも「きちんと情報を集めた後の結論」なのかということです。そしてもし前者である場合は、反対意見に耳を傾けることができるか、が重要です。みなさんはどうでしょうか。

 

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コメント

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  • コメント (3)
    • 2014年 11月 30日

    管理人はスウェーデンの動画見たことないの?

    在日の不法移民と何もかわらね絵から

    そんなんじゃあまいよ

    • pocomoco
    • 2014年 11月 30日

    興味深く拝見しました。

    アーレントについては「所属する権利」ではなく、「帰属する権利」もしくは「権利をもつ権利」とした方が分かりやすかったかもしれません。

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 30日

    難民と人権をくっつけるとまた変な方向にいっちゃいますね。

    まず、自国民を優先しろ、というのはごく当たり前だと思います。
    まず自分あっての援助ですから。

    もじ、それを否定するなら管理人さんや人権屋は自分の収入のほとんどを難民に寄付して
    自分は飲まず食わずの、まさに極貧の生活を実践しないといけません。
    そういう人生を選択して人権という話を主張するなら私は理解できます。

    でも、自分では何もせず、うまいもの食って社会福祉を受けて、モニター越しに難民を見て
    人権うんぬん言ったってそりゃ格好づけでしょ?って思われても仕方ない。
    まず自分が身を切れないのに、自国民に身を切れ、はおかしいんです。

    話が違うとか言われそうですが、本質は同じです。
    自国民を優先するというのは、自分が働いたお金を自分が使うということで、
    それがナショナリズとか言うのは全くの間違いです。

    だから人権屋って信用ならないんです。
    難民の人権を訴え人様の金を当てにして自分は裕福にうまいもの食って暮らしたい。
    人権屋の正体がまさにそれです。

    だったら、まず自分が身銭を切れよと。
    それが出来ないのに人の金あてにするのは全くの偽善でしかないです。

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