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サブカルチャーとカウンターカルチャーは別のもの

サブカルチャーとカウンター

日本のサブカルチャーはカウンターする相手がいない…ブロガーの狐志庵氏がこう書いていました。

 

最近、オタクやサブカルなどカルチャー論に興味があるので、ちょっとピックアップ。サブカルチャーとカウンターについて論考してみたいと思います。



サブカルチャー=反体制

サブカルチャーは欧米では「反体制=カウンターカルチャー」の意味合いを持っている。これは正しいのかもしれませんが、サブカルチャーならカウンターの相手がいなければならないとは限らないのではないでしょうか。

 

ヲタク精神科医こと熊代亨氏は、最新著書「融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論」の中で、サブカルチャーは一般化・大衆化してきているという指摘をしています。

 

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日本の「サブカルチャー(広義)」には、「オタク文化」「サブカル(狭義)」「ヤンキー文化」の3種類があったそうです。しかし、2000年代に突入して以降は、その3つはファスト風土の中で融解して3つの区別をつけられなくなってきている…

 

最近話題のマイルドヤンキーが、ワンピースやヱヴァンゲリヲンなどのアニメを嗜なんでいるってのが一番分かりやすい例かもしれません。

 

サブカルチャー(広義)はすでに一部の人のみが趣向するニッチな趣味・文化ではなく、メインカルチャーとなってきているということなんでしょう(ハイカルチャーとは言えないでしょうけど)。

 

サブカルチャー≠カウンターカルチャー

で、サブカルチャーの大衆化が進んでしまった現在日本では、「サブカルチャー=カウンターカルチャー」という構図は成り立たない。80年代くらいのヤンキー文化なら、社会・体制へのカウンターという側面を見いだせたんでしょうけど…

 

「カウンター」という側面の喪失はいいことなのか悪いことなのかはよく分かりません。体勢に反抗しているから崇高だとか、そうじゃないから低俗だとかっていうのはナンセンス。

 

そもそもハイカルチャー・サブカルチャーの区分をすること自体に何の意味があるのかって疑問もあります。美術や芸術を嗜めば、文化的な素養・教養が身に着けられるかもしれませんが、「虚学」としての要素が強いんじゃないかなぁとも感じます。

 

「ハイカルチャーと呼ばれるような文化に精通していなくとも、生きていけるし…」 こういう考え方は、ファスト風土に染まり切った地方に住んでいる若者らしいと判断されてしまうのでしょうか…w

 

記事引用

欧米諸国での現在のカウンターである反差別やLGBTの盛り上がりにしても、日本ではいまいち盛り上がらない。日本に差別がないわけではないのだが、社会的合意として差別がよくないことであることは認識されてるように見えるし、性的マイノリティに対しての理解という意味では意外に他国よりはマシなのかなと思うこともある。三輪明宏や美川憲一のような性的マイノリティの芸能人が昔から大物として日々テレビに出てきてたし、彼らが保守的なたとえばNHKのような番組に出るときに問題になるという事もない。

我が国日本の体制やハイカルチャーは、意外とものわかりがいいのだろう。だからこそ欧米のカウンターカルチャーを取り入れただけの左翼運動などがこっけいに見えるし無理筋になりがちなのかもしれない。

これはある意味狡猾である。カウンターが盛り上がれば盛り上がるほど体制というのは崩れていく。適当に理解を示しておくことのほうがカウンター側は盛り上がらないわけだ。だからこそ日本の差別はわかりにくいなどと言われてしまうのだろう。表向きは公平に扱われてるというわけだ。

海外の盛り上がりに影響されて、ではこちらもとなってもはしごを外されてしまう。なるほど狡猾だなと思う。

今の日本というのはたいへんおかしな状況で、カウンターでもなければただのマイノリティだったはずの我々オタク文化が大手を振って歩いてる状況がある。莫大な利益をもたらすスマホゲームに使われる絵はまさしく我々オタク文化由来のものだし、アニメや漫画が国の輸出産業として期待される有様だ。20年くらい前までオタクがメディアの中でも散々バカにされてきた、いくらでもdisってかまわない対象として描かれてきたのが信じられないくらいの状況にある。

きゃりーぱみゅぱみゅが表現する「かわいい」はギャル文化とオタク文化をうまく接合してるようにも見えるし、ゼロ年代にネットで流行った電波ソングの影響かと思うようなものも感じることがある。

サブカルチャーがサブのままでいられない時代に、今の日本はなっているなと思う。

それは主流を見失い、ハイカルチャーもサブカルチャーもごった煮になってる日本の文化の姿がそうさせているのだろう。日本でカウンターカルチャーは成立しないということか。

おそらくこういう世界に必要なのは、わかりやすいカウンターのアイコンではなく、もっと別のアプローチなのだろう。強くて優しいリーダーに牽引される世界がおそらく望まれるのだろうが、それはもはや現代的ではない。

この解決は日本のみならず、アジア全域に必要とされるようにも思う。民主的なボトムアップから自分自身で壁にぶつかっていくような環境で、一人ひとりが体験を通じて理解を深めるようなやり方でなければいけないのかもしれない。だとしたら、それが実現できるのはコンピュータとネットの世界か、あるいはゲームかもしれない。

 

via: カウンターする相手のいない日本とオタク文化 – 狐の王国

 

記事引用

 

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コメント

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  • コメント (1)
    • htdh
    • 2014年 11月 08日

    ローカルチャー?

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