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裁判官の説諭・訓戒は必要なのか?

2014.09.26

3件

ASKAへの判決

先日、ASKAへの判決が東京地裁で言い渡されました。その際に、裁判官がお言葉(説諭・訓戒)を行っています。

 

  • 「自分本位で傲慢な考え方が見受けられます」
  • 「社会の中で生きていく中で大切なものはなにか。一から考えてほしい」

 

裁判官の説諭については、刑事訴訟法規則221条によって定められていて、裁判官の権利として付与されているものです。

 

しかし、法と道徳、裁判官の立場などの観点から、様々な意見・批判などが存在するのも事実です。わたしも、法社会学の授業で考えたことがあります。



山室惠裁判長の「償い説諭」

裁判官のお言葉(説諭)で一番有名なのは、2002年東京地裁・山室惠裁判長の「償い説諭」かもしれません。

 

  • 「君たちは、さだまさしの『償い』という唄を聞いたことがあるだろうか」
  • 「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの半生の弁が人の心を打たないかわかるだろう」

 

当時、マスコミなどでも大きくとりあげられました。さだまさしの曲、これも含めて大好きですw償いは、心に沁みる曲です。犯罪を犯してしまった「ゆうちゃん」の心情が描かれている曲ですが、実際には被害者の妻はさだまさしの知人だったそうです。

 

2001年4月29日東京都世田谷区東急田園都市線において、4人の少年が銀行員の男性に対し車内で足が当たったと口論の末、三軒茶屋駅のホームで4人がかりで暴行を加え、のちにくも膜下出血で死亡させるという事件が起きた。

後日出頭した4人の内、主犯格となった2名が傷害致死罪に問われて逮捕され、事件の重大さから地方裁判所の公開法廷で審理が行われることとなった。裁判の中で2人は「申し訳なく思います」「自分という人間を根本から変えてゆきたい」などと反省の弁を述べた一方、事件自体は酔った被害者がからんできたことによる過剰防衛であると主張し、裁判中の淡々とした態度や発言から、真に事件に向き合い反省しているかどうか疑問を抱く態度を繰り返していた。

2002年2月19日東京地裁において判決公判が行われ、少年2人に対して、懲役3 – 5年の不定期実刑が下された。判決理由を述べあげた後、山室惠裁判長が被告人2人に対し「唐突だが、君たちはさだまさしの『償い』という唄を聴いたことがあるだろうか」と切り出し、「この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう」と説諭を行った。

裁判官が具体的に唄の題名を述べて被告を諭すことは異例のことであり、『償い説諭』はマスコミに取り上げられ話題となった。

さだまさしは新聞社の取材に対して、「法律で心を裁くには限界がある。今回、実刑判決で決着がついたのではなく、心の部分の反省を促したのではないでしょうか」とコメントしたうえで、「この歌の若者は命がけで謝罪したんです。人の命を奪ったことに対する誠実な謝罪こそ大切。裁判長はそのことを2人に訴えたかったのでは」と述べた

 

via: 償い (さだまさしの曲) – Wikipedia

 

説諭は必要なのか?

ちょっと話が逸れてしまいました。法の番人・中立公平を求められている裁判官が、被害者に対して思うことを言う説諭は、果たして必要なのでしょうか。

 

よくある批判として、「お上意識」があるというものや、裁判官は淡々と法にのっとって判断するだけでいいというものなどがあります。

 

わたしは、裁判官は裁判所では人間臭さを一切出さなくていいと思っています。更生を促す役割は、「罰」が担うべきであって、裁判で更生を図るべきではないとも思えます。

 

裁判官だからといって聖人なわけではありませんし、道徳観は人それぞれのはず。裁判官倫理と、一般の倫理・道徳が共通しているのかどうか… これを言い始めると、教師が説教するのもどうなんだって話にもつながりかねないかもしれませんが。

 

もちろん、今回のASKAのように執行猶予が付く場合には、刑罰での更生が期待できませんから、誰かが何かを言って気づかせる必要性も出てくるでしょう。しかし、それは裁判官が担うべき役割なのでしょうか。こんなときこそ、弁護士や検察官、親族などが忠言をすべきなんじゃないかなぁ。

 

説諭に関する条文を削除しろ、とまでは思っていませんが、基本お言葉・説諭は行わないというスタンスが個人的には望ましいのかぁと思っています。償い説諭は大好きですがw

 

記事引用

チャゲアスのASKAに対する判決が言い渡された。

裁判官「償いの第1歩に」ASKA諭す

裁判官が判決の後に一言感じたこととして説諭をしている。

「これまであなたのことを信じて支えてきた家族や関係者を、犯罪という形で裏切った。これまでのあなたは、社会のルールや周囲の人たちに顧みる姿勢がなく、自分本位で傲慢(ごうまん)な考え方が見受けられます」と指摘。

さらに「薬物依存から脱却するのはもちろんですが、社会の中で生きていく中で大切なものはなにか。一から考えてほしい。それが裏切った人たちへの償いの第1歩になると思います」

 

時々、裁判官が何の資格で説教するのかと怒る人がいるが、裁判官にはその権限が法律上与えられている。

刑事訴訟規則221条

裁判長は、判決の宣告をした後、被告人に対し、その将来について適当な 訓戒をすることができる。

 

このように権限はあるが、上記のような説諭が効果があるかというと、それはまた別問題だ。

ほんのちょっと前に、体操のオリンピック選手だった女性が累犯の薬物犯罪で有罪実刑判決を受けていたし、それ以外にも有名人で止められなくて何度も捕まるケースは後を絶たない。
「薬物依存から脱却するのはもちろん」というが、それが一番難しいことだろう。

 

via: 薬物事件への判決

 

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コメント

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  • コメント (3)
    • 奈由無る
    • 2014年 9月 26日

    裁判官が駄目で弁護士や検察がすべきってのは意味不。罪を犯した者に対して罪を犯していない者は誰でも説教するべきだと思うが。それが嫌だ、煩わしいと思うなら、人間社会から外れて獣のように生きるがよい。適切な方法で駆除してやろう。

    • キジトラさん
    • 2014年 9月 27日

    諸々の事情を全て考慮した上で裁判官が量刑を決めているんだ。
    一番説得力のある立場じゃないか。他の誰が説諭するんだよ。

    • キジトラさん
    • 2014年 9月 28日

    あれはねえ、被告に対して言ってるんじゃなくて
    基本的に原告に対しての言い訳だったりするんだよ。
    法律的にはこの程度の罪にしか問えないが、説教しておいたからこれで勘弁してやれってね。
    言い訳の必要のない重い刑のときは判決本文にそのまま盛り込めばいいだけだし、
    そもそも原告は不満に思わない。

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