2ch PC スマホ iPhone Android WindowsPhone ガラケー ガジェット ニュース 壁紙

尊厳死を自殺として非難するバチカンの姿勢に疑問。「自殺」って悪い事?

先日大きなニュースとなり、多くの人が感情をなにかしらの方向に揺さぶられたと思います。回復不能、甚大なる苦痛を伴う脳腫瘍の宣告を受けて死を選んだ米国人女性、ブリタニー=メイナードさんについてのニュースです。これについて様々な反応がありましたが、バチカンの生命アカデミー会長が非難の声を上げた、とYahooニュースが報じています。生きる権利、死ぬ権利とはなんなのでしょうか。



 

【ジュネーブ時事】バチカン(ローマ法王庁)のイグナシオ・カッラスコ・デパウラ生命アカデミー会長は4日、末期の脳腫瘍を患っていた米国人女性ブリタニー・メイナードさんが薬物を服用して自殺したことについて、「(生命の)尊厳と自ら命を絶つことは別問題だ」と非難した。
 ANSA通信によると、デパウラ会長は「人物については判断しないが、(自殺という)意思表明は批判されるべきだ」と指摘。ほう助を受けた自殺は「ばかげている」と言い切った。
 メイナードさんはインターネットで「尊厳死」を宣言し、1日にオレゴン州の自宅で自ら命を絶った。生前に雑誌などに取り上げられ、尊厳死をめぐる議論を呼んだ。

via: Yahoo!ニュース – 米女性の「尊厳死」非難=バチカン (時事通信)

 

女性はどういう状況だったのか?

まずは事実の把握ということで、女性がなぜ尊厳死を選ぼうとしたのかを確認したいと思います。CNNニュースが報じているところによれば、結婚後すぐに病気が発覚したとのこと。幸せの絶頂(であると予想される)からの死への恐怖は信じられないほどに心に暗い影を落としたであろうことは想像できます。

 

脳の悪性腫瘍(しゅよう)で余命宣告を受け、尊厳死を選ぶと宣言していた米国人女性が、予告通り1日に死亡した。

ブリタニー・メイナードさん(29)は結婚したばかりだったが、病気の宣告を受けて死を選ぶことを決意し、尊厳死が合法化されているオレゴン州へ引っ越した。

 

via: CNN.co.jp : 脳腫瘍の米女性、予告通りに「尊厳死」を実行 – (1/2)

 

更に特筆すべきは、単に「このままだと死ぬ」といった類のことではなく、明確に心身ともに重大な苦痛を抱える症状を持った病気であることも本人の発言で明らかになっています。以前にも尊厳死についての記事を書きましたが、そこにあるように「長期に渡り、かつ回復不可能な苦しみ」は尊厳死を許容する際の基準としても採用されています。

 

先月CNNに寄せた記事では「他の人に尊厳死を選ぶべきだと言うつもりはない。でも私に対して、あなたはこの選択に値しないと言い渡し、何週間も何カ月間も心身のすさまじい痛みに苦しむべきだと指図する権利が、だれにあるだろう。私に代わってその選択をする権利がだれかほかの人にあると、どうして言えるだろう」と訴えた。

via: CNN.co.jp : 脳腫瘍の米女性、予告通りに「尊厳死」を実行 – (1/2)

 

 尊厳死を自殺として非難するバチカンの姿勢に疑問。「自殺」って悪い事? 男女が練炭で大量自殺。自ら命を絶つことは人に許された権利なのか? | キジトラ速報

 

 

これらを見ていくと、やはり少なくとも日本の(法的)倫理観においては、許容されうる類の「死ぬ権利」であったのではないかなと思います。しかし、バチカンと聞くともちろん真っ先に浮かぶのがキリスト教の影響です。これにはどういった考え方があるのでしょうか。

 

キリスト教と自殺

キリスト教における重要な考え方の一つに、「人間は神によって作られたものである」という感覚があります。もちろん今では進化論を教える学校も普通ですし、誰もがマリアの書女懐胎を信じているかといえば答えはノーでしょうが、宗教から連なる「倫理感」としては残っている部分も多いかと思います。

 

さて、人間が被造物であるならば神の意思をこの世で表現しなくてはならないという倫理観も同時に現れてきます。もちろんこの辺は解釈が大量に生み出されていて、「キリスト教といえばこれ」と言えるほど単純なものではありません。

 

例えば、「被造物であるのだから、何をしても神の意思に適うものである」といった考え方や、「神の価値観は人には理解出来ないのだから、神が人間に与えた『喜び』を最大限享受することが神の意思に適うものである(神的功利主義とでもいえるでしょうか)」など、とても一言で「これだ」と言えるほど簡潔な答えはありません。

 

とはいえ、被造物である我々が自らその存在を終わらせることは明確に神の意思に反している、という考え方の人も多く存在していますし、それは今回のニュースへの反応を見ればよくわかると思います。

同じ病を患っているというマギー・カーナーさんは、自分は神の意思に従うと主張する。

via: CNN.co.jp : 脳腫瘍の米女性、予告通りに「尊厳死」を実行 – (2/2)

 

死ぬ権利、生まれる権利

芥川の「河童」という作品(生まれてくる前に、胎児に「生まれたいか?」と問いかける慣習のある世界を描いた)を例にとって、「生まれてくることは、その生まれてくるものの意思を問わない。生まれるのではなく、生み出されるのである」といった要旨のことを書いた記事がありますが、それとも関連してくることだと思います。

 尊厳死を自殺として非難するバチカンの姿勢に疑問。「自殺」って悪い事? 遺伝子操作によって生まれた子どもは既に存在している。「胎児の権利」とは | キジトラ速報

 

 

もしも人が「生み出される」存在であるとするならば、一体だれが「死ぬ権利」を否定することが出来るのでしょうか。日本では民法上の青年を過ぎれば、およそあらゆる行動に責任が伴います。自らの「意思」によって起こした行動だからです。人を殴ることも、何かを買うことも、宗教を信じることも、掲示板に書きこむこともそうです。

 

しかし、自らの死を求めることだけは誰にも否定できないことではないでしょうか(完全に私見ですが)。死ぬ、ためには生まれてこなくてはいけなかったけれどそこに意思は介在していなかったのですから、責任が生じようがありません。大体のところ、社会が「自殺してもいいんだよ」というメッセージを示そうと示すまいと、「自殺せざるをえない」ところまで追い込まれしまった人には関係がないのです。

 

まとめ

個人的には、自殺を社会が否定することには意味がないと思います。それよりも「自殺しなくてもいい世界」にしていこうと努力することのほうがよほど建設的ではないでしょうか。例えば自殺の原因は上から順に「健康問題」「経済、生活」「家庭問題」「勤務問題」とされています。

 

であるならば、「より苦痛の少ない生を維持すること」「暮らし向きに関わらず、最低限後に生きる力を養成すること」といったことに注力するべきなのであって、その結果としての「自殺」を社会が否認することは、ただいたずらに「死ぬこと」を弱く醜いこととしてしまうだけではないでしょうか。

 

死ぬことでしか解放されない、と思う人たちの心や環境を変えることが本質的に最も大事なことなのだということをもう一度強調したいと思います。誰もが苦痛を抱えて生きているこの世界で、逃げ場を持たないことがどれほど苦しいことなのかは、皆さんがよくよくわかっているはずです。

 

関連記事

 

22f6395bbce6894f8501d95c6d12d7d6 尊厳死を自殺として非難するバチカンの姿勢に疑問。「自殺」って悪い事?




関連記事

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

オススメ記事

副管理人募集

文章書いて金稼ぎたい人募集。ネタはガジェット、政治、経済、法律、貧困、歴史、教育、社会問題、音楽、文学など。ノルマは特に無いので気が向いた時だけ書いてくれればOK。希望者はメールフォームから問い合わせてください。条件を聞くだけでも構いませんので気軽にどうぞ。

コメント

  • トラックバックは利用できません。
  • コメント (6)
    • キジトラさん
    • 2014年 11月 09日

    まずね、尊厳死と自殺は別のものとして考えないとおかしい。

    >個人的には、自殺を社会が否定することには意味がないと思います。それよりも「自殺しなくてもいい世界」にしていこうと努力することのほうがよほど建設的ではないでしょうか。例えば自殺の原因は上から順に「健康問題」「経済、生活」「家庭問題」「勤務問題」とされています。

    自殺を否定しないという事はある意味殺人を肯定してることになるんです。
    健康問題は医学ではどうしようもない面もある。だから尊厳死という選択も認められるべきかなと個人的には思います。でも他の3点は社会で何とかできる部分でもある。理想だけどね。現実派難しいことはわかるんだけど、社会で救おう!救える!という事項に対して自殺を認めるというのはその人を社会が見捨てたことになる。これは社会の構造をゆがめるし、もっというとサヨクの大好きな人権問題に直結するんじゃないでしょうか?
    私は自殺は社会的に認められるものじゃないと思います。尊厳死は場合によっては肯定しますけどね。

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 09日

    要するにアンタが言いたいのは自殺幇助を認めるべきってこと?
    何だか回りくどい書き方するなぁ…
    個人的には悪用を防ぐ厳格な規準が設けられるのでれば、まぁ、いいのではないかなぐらいには思ってはいるけど、あまり深く考えたことはないな。
    ただ、バチカンが「自殺はダメだよーん」と言うことも別に構わないとは思っているけどね。

    • キジトラさん
    • 2014年 11月 09日

    これは個人個人の哲学の問題だし難しいやろなぁ

    • かか
    • 2014年 11月 09日

    個人の価値観の問題でもあるやろし統一的な解決は難しいだろうな

    • 2014年 11月 09日

    まず尊厳死と安楽死の違い調べてから言え

    • キジトラさん※2
    • 2014年 11月 09日

    適当に読んでコメントしちゃったけど、記事中の亡くなった人というのは延命措置を断っただけで(本来の意味での)自殺をしたわけじゃないってことなのか?
    だったら俺のコメントは完全にピントがズレてるな。

広告

おすすめサイト:Freemake YouTube ダウンロードソフト

 



画像RSS





カテゴリー

ブログパーツ

アクセスランキング
ページ上部へ戻る