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個人が社会的制裁、私刑(リンチ)を行うことについて

社会的制裁を個人が行うこと

路上駐車の車を「正義の味方として社会的制裁」したとして傷つけた男性が罪になるかどうかっていう話を、弁護士ドットコムが解説しています。

 

布施正樹弁護士は、「社会的制裁を個人の独断で行うことは許されない」と断じています。



それを認めると国家の意味がなくなってします

他者の身体や自由・財産などに個人的に制裁・報復を行うことは、法治主義国家では厳格に禁じられています。これを禁じないと、警察・国家の意味がなくなってしまうし、無法状態になってしまうからです。ちなみに、盗まれた本を友人の家で見つけた場合、それを勝手に持ち帰ってしまうと占有権の侵害となって違法です。

 

合法的なものもある

ですから、一見すると、布施弁護士の主張は正しいようにも見えます…ただ、個人的には「社会的制裁」ではなく「私刑(リンチ)」の禁止といった方がしっくりきます。「許される社会的制裁」もあるんじゃないかってのが私の意見です。

 

「完全アウト・違法な私刑」と、「国家による刑罰」、その中間に位置するものがあるんじゃないかって思うわけです。

 

「合法的な社会的制裁」の例として村八分があります。田舎のムラ社会なんかでは、社会的制裁が割と多い。何か悪いことをして逮捕された場合、近所から白い目で見られるっていうアレです。これを善とするか悪とするかについて意見は別れるでしょうけど、これだけで違法云々とは言えないはず(もちろん、誹謗中傷で名誉棄損なんかしたらアウトです、それに至らないケースが合法的な社会的制裁)。

 

都会住みで村八分のイメージがつかみづらい方は、「マナー」「エチケット」違反の場面を想像するといいかもしれません。回りの目、恥の意識に訴えかけるってのは、一種の社会的制裁なんじゃないかなぁと。

 

犯罪抑止に効果的な社会的制裁もある

実は、法の番人である裁判官・裁判所も「社会的制裁」の存在を認めています。すでに社会的制裁をうけている場合に、それを理由として減刑を認めるっていうもの(その社会的制裁が合法かどうかなんてことは言及していませんが…)。

 

違法な社会的制裁と、合法な社会的制裁の双方があるってことは事実です。

 

社会的制裁が行き過ぎてリンチ(私刑)にならないように配慮する必要はあるでしょうけど、合法的な社会的制裁すべてを否定的に捉える必要はないんじゃないかなぁと私は思っています。なんでも法によって裁く・しばるってのは柔軟性に欠けるんですよねぇ。罪と罰だけでなく、恥でもある程度行動・犯罪は抑止できるんじゃないかなぁ。

 

記事引用

「路上駐車をする運転手が許せなかった」。そんな理由で、路上駐車した車に石で傷をつける行為を繰り返したとして、兵庫県警兵庫署は2月中旬、神戸市に住む無職男性(42)を器物損壊の容疑で送検した。同署の調べで、計32件(被害総額約740万円)の容疑が裏づけられたという。

 

報道によると、男性は昨年6~11月、神戸市内の路上に停めてある車のドアに、石で傷をつけるなどの行為を繰り返した疑いがもたれている。男性は「路上駐車をする運転手が許せなかった。正義の味方として、社会的制裁を加えたかった」と話し、容疑を認めているという。

 

このニュースに対してネットでは「傷つけるのは酷い」という批判がある一方、「路上駐車している方が全面的に悪い」「気持ちは分かる」「邪魔な車は蹴りたくなる」と同情する声も見られた。迷惑な路上駐車に対して「社会的制裁を加えた」という男性の罪が軽くなることはないのだろうか。刑事事件にくわしい布施正樹弁護士に聞いた。

 

●裏づけのない事情は重要視されない

 

「裁判所が刑の重さを決める際には、被告人が犯行に至った動機も、判断要素の一つとされるのが一般的です」

 

布施弁護士はこのように切り出した。男性の言い分はどう判断されるのだろう。

 

「今回のケースで男性が述べている『路上駐車に憤慨した』という動機は、単なるいたずら心のような全く自分勝手な動機と比べれば、理解・共感できる部分もあります。したがって、男性に有利な事情として、はたらくものと言えます。

 

とはいえ、本人の語る動機が本当にそのとおりであったと、客観的に裏づけることは困難です。客観的な裏づけが得られない事情は、裁判で一応考慮されるとはいえ、あまり重要視されないでしょう」

 

●個人が「社会的制裁」を加えることは許されない

 

本心かどうか不明だが、男性は「正義の味方として社会的制裁を加えたかった」とも話している。そもそも、一個人が「社会的制裁」を加えることが許されるのか?

 

「現在の法制度は、違法行為に対して刑罰を科す権限を『国家』に独占させています。一般の個人が、他者の身体や自由、財産などに制裁を加えることは許されません」

 

それはなぜなのか。

 

「人の正義感というのは往々にして偏りがちです。もし個人による私的制裁を認めてしまうと、制裁の対象となった人に不当あるいは過剰な損害を生じさせて、かえって社会の秩序を乱す結果になりかねないからです。

 

このような法の仕組みからしても、一個人の独断で『社会的制裁』を加える行為を正当化する余地は乏しいでしょう。

 

そういうわけで、男性の行為は、動機の面で情状酌量の余地がないわけではありませんが、それを理由に刑の重さが大きく変わる可能性は低いと思われます」

 

via: 「正義の味方として社会的制裁」路上駐車の車を傷つけた男性の「罪」軽くならないか?|弁護士ドットコムニュース

 

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davidlynch 個人が社会的制裁、私刑(リンチ)を行うことについて




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コメント

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  • コメント (6)
    • 2015年 3月 22日

    それは国家と警察が完璧な場合という空想上の話だな
    どっちも欠点だらけな現実では私的制裁は抑止力として必要

    •  
    • 2015年 3月 23日

    バカのリトマス紙

    • キジトラさん
    • 2015年 3月 23日

    毎日警察と法に己れの身の安全も財産もまもってもらってのうのうと暮らせてる癖によく言うわ

    • キジトラさん
    • 2015年 3月 23日

    警察は事件になってからでないと動かない
    警察が動いてたらストーカー殺人は起こらなかった
    自分がのうのうと暮らしてるからといって他人もそうだと考えるのはバカの極み

    • キジトラさん
    • 2015年 3月 23日

    誘拐や虐殺や略奪に毎日怯えてガードマン雇って鉄格子の嵌った家で暮らさなくていいのは誰のおかげなんだって言ってんの

    • キジトラさん
    • 2015年 3月 23日

    デビットリンチ持ってくるな!www

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