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承認欲求と所属欲求

承認欲求と所属欲求

最近の若者は承認欲求が強い…そのように言われることもあるように思われますが、実際には「承認欲求ではない欲求」も強いようです。

 

オタク精神科医のシロクマ氏は、自分自身が認められたい・目立ちたいという個人主義的な「承認欲求」とは別に、「所属欲求」なるものがあると説明しています。所属欲求というのは、ある集団に所属していたいという欲求のこと。確かに、コミュニケーションにかかわる欲求ですが、承認欲求とはまた違うもののように感じられます。





ここ数年強くなってる

個人主義的な側面が強い「承認欲求」と比べると、「所属欲求」は集団主義的で封建的な意味合いが強いように思えます。なんだか古臭い欲求のようにも思えるけど…「企業やグループの中に所属して安心感を得たい」っていう考えは、決して古いものではなく、「最近の若者」の中にも根強く存在しているように思えます。むしろ、LINE・SNSなどのコミュニケーションツールの登場によって、ここ数年強くなってきているような気も…w

 

議論なんかで目立とうとしない・自己主張をあまりしようとしないタイプが多い日本人は所属欲求が強くて、自分の意見を全面にだすアメリカ人は承認欲求が強いっていう比較もできるかも。

 

承認欲求と所属欲求…マズローの欲求段階説は、高校の倫理で勉強した記憶はあったんですが、この区別はこれまではっきりとつけていなかったような気がします。こういう新しい物差しができると、世の中の見方が変わってきて楽しいものです。

 

もちろん、マズローの欲求段階説は今となっては古い学説らしいですし、絶対視するわけにはいきません。所属欲求のほうが低次で、承認欲求のほうが高次だってのはマズローの主観に過ぎないでしょう。自分の意見をガンガン言うアメリカ人の方が、日本人よりも云々って言い方をしてしまうと途端にキナ臭くなってしまいます。

 

承認欲求や所属欲求がそもそもないっていうパターンも考えられるんじゃないかなぁとも思えます。安全欲求や生理的欲求が満たされていないだけだって反論もできるでしょうけど。人間だれしもが、承認欲求か所属欲求を持っているかのような考え方は、ちょっと世の中をシンプルにとらえ過ぎているのかなぁとも感じる。

 

まぁ、シンプルにすれば分析しやすくなるし、論じやすくなるものです。あくまで思考のためのツールに過ぎないと思う程度にしておこうかなぁとは思っている。

 

記事引用

では、所属欲求は承認欲求に取って代わられて消えてしまったのでしょうか?

 そうでもない、と私は思います。

 例えば十年前のインターネットを思い出してみてください。『電車男』や『のまネコ騒動』の時期ですね。当時は2ちゃんねるが栄えていましたが、ああいう匿名スタイルが熱気を帯びて成立していたのは、承認欲求だけでは説明できないと思うのです*1。ウェブサイトやブログのような顕名ネットメディアも増えていたにせよ、日本のインターネットの相当部分は匿名投稿者の意識のクラウドみたいなもので占められていました。そこでは“おまいら”“おれら”的な表現が幅を利かせ、匿名投稿者同士でローカルルールをこしらえながらスレッドという“御神輿”を共有していたのです。

 2ちゃんねるが衰退した現在も、所属欲求のたちこめるインターネットには事欠きません。ニコニコ動画は、動画投稿者自身は顕名で承認欲求を充たせますが、その動画にコメントを書き込む匿名の人達は(スレッドのかわりに)動画そのものを“御神輿”として共有しています。コメント弾幕は、その最たるものと言えるでしょう。投稿者の承認欲求と視聴者の所属欲求の双方をリアルタイムに充たすという点において、ニコニコ動画は頭一つ抜きんでたネットメディアでした。

 SNSやLINEの利用状況を振り返ってみても、皆が欲しがっているのは承認欲求ばかり……という風にはみえません。自分自身が目立ちたいと思っていない人でも、「友達グループからはみ出したくない」「仲間意識を持ち続けたい」気持ちに駆られて、端末をポチポチやっている人は結構います。彼らは「いいね!」が欲しくてポチポチやっているというより、群れていること・皆と一緒であることを望み、そこから零れ落ちることを恐れているのではないでしょうか。

 そして、ひとたび郊外に目を向ければ、間近な友人や家族を大切にしている“普通の人達”がごまんと住んでいます。彼らだって現代人、きっと承認欲求もそれなり持っていることでしょう。それでも彼らのライフスタイルを見ている限り、自分自身が褒められること・肯定されることにそこまで執心しているようには見えません。意外なほど承認欲求/所属欲求のバランスのとれた心理的欲求が“普通の人達”のスタンダードになっている――そのことを見逃すべきではないと思うのです。

承認欲求だけでは片手落ちなんですよ、いろいろと

 そんなわけで、最近私は「現代人の心理的欲求を考えるにあたって、承認欲求ばかり強調するのは間違っている」と思います。

 インターネット、とりわけ誰もが個人アカウントを強く意識するブログやtwitterのような圏域では、承認欲求という言葉に注目が集まりやすく所属欲求が軽視されるというのは、なんとなくわかるような気がします。ネット上で声が大きい人達のほとんどは承認欲求優位な人でしょうし。

 でも、それはあくまでネットメディア上で目立つ人達の話。目立たないところで普通に生活している現代人にとって、所属欲求は今でも重要です。やたら空気を読みたがる若者の話を聞くにつけても、ひょっとしたら、これから所属欲求の揺り戻しが来るのかもしれませんね。

 

via: それって本当に承認欲求?――群れたがりな私達

 

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