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集団安全保障は国際社会全体のための抑止力。参加しない国は国連に入る資格なし?

憲法9条についての様々なニュースや議論が巻き起こるのが常になってどれくらい経つでしょうか。「集団的自衛権」「個別的自衛権」「集団安全保障」など様々な用語が飛び交い、「武力行使」と「武器の使用」といった言葉の分別に困っている方も多いのではないでしょうか。今回は国際社会全体における「集団的安全保障」について考えていきます。



自助、共助、公助というカテゴリー区分から言えば、自分の国は自分で守るという考えが自助であり「個別的自衛権」の行使である。敵性国家が我が主権を侵略した場合、自助で対処し頑張れば、同盟関係にある米国が「集団的自衛権」を発動して共助してくれるだろう。

 前後して、国連の安全保障理事会が協議して公助の「集団安全保障」を発動するかどうかを決めることになる。

 先の国会における集団的自衛権の行使容認論議の過程で、一部与党や野党は「個別的自衛権の拡大で対応できる」ということを盛んに言ってきた。

 しかし、自助と共助は全く異なるカテゴリーであり、机上でカバーできるかのごとく見せかけても、現実の修羅場に直面した時に動きが取れなくなるのが関の山であろう。

 

via: 朝日新聞と集団的自衛権批判者が戦争を引き起こす 「抑止力」無視の無気力平和主義こそ武力行使を招く:JBpress(日本ビジネスプレス)

 

集団的自衛権と集団安全保障

よく勘違いされやすい、この二つの言葉。具体的な違いは上記の引用文の通りです。すなわち、集団的自衛権は「特別に仲良しな国々」が相互に援助し合う形の自衛権です。アメリカが攻撃されたら日本が援助しますよ。逆に日本が攻撃されたらアメリカが出てきますよ。という具合に、敵性国が攻撃するのに躊躇うようなシチュエーションを作るのを目的としているものです。

 

それに対して、集団安全保障というのは違うカテゴリーの物になります。すなわち、もしどこかの国が他の国に不当に攻撃した場合、国連軍という形で武力を行使して「制裁」するものになります。この武力行使には国連の安全保障理事会が協議して許可される必要があります。

 

国際社会全体という極めて大きなものを相手にする覚悟が無ければ、国際社会に反するような侵略戦争といったものは出来なくなるわけですね。

 

集団安全保障の由来

さて、このようなシステムは一体どのような経緯で生まれてきたのでしょうか。これは第二次世界大戦からの反省があります。現在の国連というのは「国際連合」の略ですが、元々「国際連盟」というものが存在していたのはご存知かと思います。これは第一次世界大戦において、ヨーロッパ中が総力戦となりおびただしい死者を出したことの反省から、国際平和を目的に作られたものでした。しかし、結果として第二次世界大戦が勃発し、更なる被害で出たこともご周知の通りです。

 

国際連盟には、大きな弱点が二つありました。一つは「大国アメリカ」が参加していなかったこと。そして、もう一つは「経済制裁」しか制裁に種類が無かったことです。

 

このため、国際平和のために行使出来る力が弱過ぎたために第二次世界大戦の勃発を食い止めることが出来なかったとして、国際連合が志新たに生まれ、そして集団安全保障(collective security)という強力な武器を手に入れた、というわけです。

 

日本と集団安全保障

さて、このような過程を見ていくと「国連」に所属する全ての国が国連憲章を受け入れている以上、国連の機能の中で最も重要なものである集団安全保障というシステムに反することは本来的には有り得ない事態です。

 

日本はその分、多くのお金を払っているとか後方支援をやっているとか、そういったことでフォロー出来ることなのかどうかは人によって判断が異なるかもしれません。が、筆者としては「それだけで集団安全保障上の機能を果たしているとは言えない!」という人が出てくるのも頷けなくはありませんし、国際社会の平和と秩序維持のための責任を果たす為に「集団安全保障」を行える国にならなくてはいけないという意見にも十分説得力があると思います。

 

平和憲法を持つ国、日本

と、同時に日本の持つ平和憲法が国際社会の上で大きな力を持つことがしばしばあるというのも事実です。ある紛争地域においては、「日本のエージェントしか受け入れない」という紛争当事者がおり、その理由が平和憲法を持っているからというものだったという話も大学の教授から聞いたことがあります。また、ノルウェーなどに代表されるような「人権国家」というのはそのイメージを最大限外交に利用しています。スウェーデンは国際社会上の責務のために、PKOよりも先に国連のために常に動ける組織を用意していたこともあります。

 

こういった「イメージ外交」というものを、日本はまるで出来ていないのではないでしょうか。

 

実際のところ…

また、国際社会という一括りで世界を見ることは非常に偏った見方ともいえます。例えば、先程集団安全保障には「安全保障理事会」の許可が必要であると書きましたが、実はこれ今まで一度も許可されたことがありません。

 

ご存知の通り、安保理は五大国の常任理事国と非常任理事国で構成されています。が、この五大国の持つ「拒否権」があるため(拒否権が出されただけで賛成4反対1だとしても否決される)に全会一致で集団安全保障が行われたことはないのです(一度、ロシアが投票を放棄したことはあります)。そのため、PKOという非公式の組織を動かして社会の様々な問題に関わっていったという経緯があり、日本もそれにどんどん積極的に関われるようにルールを改定してきた経緯があります。

 

まとめ

集団安全保障に関わることは国際社会の責務であると言いつつも、それは今まで実行されたことがないお題目と化しています。また、実際に動くPKOについては以前から積極的に関わっていること、そして「イメージ外交」として平和憲法をフル活用することが出来るのならば、実は集団安全保障に必ずしも現在より強くコミットする必要性はない(責任はあると思いますので外交上の立ち回りが重要でしょう)のではないか…というのが筆者の意見です。

 

これには、「イメージ外交」の難しさ、そしてPKOにおいても憲法上の問題があること、の二つが大きなハードルとなることは間違いありません。とはいえ世界でトップクラスに発展している国の中で宗教や文化、地理、平和憲法などにおいて非常に特異な立ち位置を占めている日本。デメリットになることもありますが、もっとその差異を外交上のメリットに変えていくことも出来るはずです。

 

まあ、クールジャパンなどと言っているうちは、ちょっとダメかもしれませんね。

 

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コメント

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  • コメント (2)
    • キジトラさん
    • 2014年 10月 02日

    ちーっす
    ここ、サヨクブログだろ?

    わらえるー(笑)

    じゃあの

    • キジトラさん
    • 2014年 10月 03日

    >すなわち、集団的自衛権は「特別に仲良しな国々」が相互に援助し合う形の自衛権です。アメリカが攻撃されたら日本が援助しますよ。逆に日本が攻撃されたらアメリカが出てきますよ。という具合に、敵性国が攻撃するのに躊躇うようなシチュエーションを作るのを目的としているものです。

    この仲良しって言い方は間違いです。
    共通の敵国を想定している国々が敵国に対する抑止力、武力制裁などを担保する為の契約です。
    お友達じゃないんです。これはある種のビジネスなんです。
    国民の命の安全と平和を保障する為に必要な新しい(くもないか?w)パラダイム。

    >日本はその分、多くのお金を払っているとか後方支援をやっているとか、そういったことでフォロー出来ることなのかどうかは人によって判断が異なるかもしれません。が、筆者としては「それだけで集団安全保障上の機能を果たしているとは言えない!」という人が出てくるのも頷けなくはありませんし、国際社会の平和と秩序維持のための責任を果たす為に「集団安全保障」を行える国にならなくてはいけないという意見にも十分説得力があると思います。

    ここはその通りだと思います。
    よく感情的になって武力はいけない!戦争反対!国民を戦争で殺すな!と叫ぶバカもいますが
    そんな事は誰もが理解していることなんですよね(意識高い系)。
    皆はそれよりも先のことを議論してるんです。それでも現状のままでいいのか、と。
    日本国民の変わりに他国の若者が命を落としている。それでいいのか。
    その現実を見てもニホンガーニホンワーで逃げるのが果たして正義だといえるのか。。

    >ある紛争地域においては、「日本のエージェントしか受け入れない」という紛争当事者がおり、その理由が平和憲法を持っているからというものだったという話も大学の教授から聞いたことがあります。

    こんな話聞いたことありません。具体的にお聞かせ願いますか?
    当事者とは国ですか?軍ですか?エージェントって日本政府のこと?それとも自衛隊?

    >また、ノルウェーなどに代表されるような「人権国家」というのはそのイメージを最大限外交に利用しています。スウェーデンは国際社会上の責務のために、PKOよりも先に国連のために常に動ける組織を用意していたこともあります。

    人権国家のイメージが国債紛争に役に立つ?
    外交に利用するのはあるでしょう。でも今回のテーマは安全保障ですよね?
    安全保障に人権国家というイメージが何に対して最大限に利用できるのでしょうか?

    >また、国際社会という一括りで世界を見ることは非常に偏った見方ともいえます。例えば、先程集団安全保障には「安全保障理事会」の許可が必要であると書きましたが、実はこれ今まで一度も許可されたことがありません。

    常任理事国に敵国同士が収まってるんだからそりゃ許可されるわけないですw
    現状は絵に描いたモチってとこでしょうか。

    >集団安全保障に関わることは国際社会の責務であると言いつつも、それは今まで実行されたことがないお題目と化しています。また、実際に動くPKOについては以前から積極的に関わっていること、そして「イメージ外交」として平和憲法をフル活用することが出来るのならば、実は集団安全保障に必ずしも現在より強くコミットする必要性はない(責任はあると思いますので外交上の立ち回りが重要でしょう)のではないか…というのが筆者の意見です。

    だから国連なんかあてに出来ないんです。あてにしてもしょうがない。
    だからこその集団的自衛権、各国との安全保障を整備して自国を守るしか手はないんですよ。
    そもそも日本は常任理事国ではないのだから国連に期待するなんてナンセンスです。
    絵に描いたモチの上、日本にはまったく主導権がない。なのに何を期待するんですか?

    イメージ外交なんてサヨクが好きそうな言葉遊びですけどイメージでは何も動きません。
    必要なのはイメージではなく具体策です。
    だったらいいなあ、なんて意味はない。だからこその集団的自衛権なんですよ。
    これが具体策の最たるものです。

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