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テレビがネットに苦戦する理由はコンテンツにクオリティが求められていないから

コンテンツの質とTVとネット

「クオリティが求められない時代だから、テレビはネットに苦戦している」 こう主張・分析しているのは、東洋大学准教授の藤本貴之氏です。

 

テレビは大量の予算をつぎ込んで「ハイクオリティ」のコンテンツを作り出してきた。だけど、消費者がクオリティを求めなくなったので、ネットに対して苦戦している…。 このような主張に関しては、ちょっと違うだろと思ってしまった。テレビのコンテンツがハイクオリティだ、という前提からして違う。単純にクオリティが下がってきたから、ネットに負けようとしているんじゃないでしょうか。



ただテレビのコンテンツに飽きただけじゃないかと

もちろん、ユーザー・視聴者の考え方が変わってきている部分もあります。が、高品質から利便性へ、という優先順位の変遷は、実はそこまで大きくはないのではないかと思います。視聴者は、テレビ業界がドヤ顔で押し付けてくる「自称ハイクオリティなコンテンツ」に飽き飽きしているってだけじゃんじゃないでしょうか。フジのバラエティが凋落して、テレ東の手作り感満載な番組が好調な理由は、たぶんこの辺にあるんじゃないかなぁ、と。

 

品質が高いかどうかの判断基準は、画質だけではない、ってこと。

 

粗悪なコンテンツも量産されている

ただ、藤本氏の主張には、同意できるような部分もあります。「明らかに悪質なコンテンツが、高い収益と経済性を持ってしまっている事例が急増している」という箇所です。

 

藤本氏が何を指して「明らかに悪質なコンテンツ」と言っているのかは定かではありませんが…この文を読んで、パッと思い浮かんだのが、昨今話題となっているバイラルメディアです。よそからネタをパクってきて、オリジナルの要素を付け加えることもなく、ネット慣れしていないような層にSNSで拡散してもらってPVを稼ぐ… わたしが、たまに取り上げるブロガー・永江一石氏がいう「クソバイラル」のようなメディアは「明らかに悪質なコンテンツ」だと言えるでしょう。

 

 テレビがネットに苦戦する理由はコンテンツにクオリティが求められていないからクソみたいなバイラルメディアをSNSで拡散するのは犯罪に手を貸すこと! : キジトラ速報

 

ビジネスとしては優れているけど・・・

SNSで拡散されるっていうことは、良質のコンテンツなんじゃないか、というような考え方もあるかとは思いますが、メディア・コンテンツの作成側からすると、「手抜き」以外の何物でもありません。

 

ただ、わたしはこういうクソバイラルを全否定する気はありません。そういう手法によって顧客を掴んで、PVを獲得し収益を上げているのですから、ビジネスとしては非常に効率がよく、上手な手段だと思っています。長続きはしないだろうなぁとも思っていますが…w

 

記事引用

近年のメディア産業を巡る急激な地殻変動は、これまでの経済的な変革や技術革新よる社会変動とは大きく異なっている。それは、世代論や技術論ではなく、ライフスタイルの転換という部分に注目することで、初めてその本質が見えてくる。

例えば、分かりやすく「テレビ」という産業を例に考えてみよう。

従来、「しかるべき予算」と「しかるべき人材」によって「しかるべきクオリティの番組」を作り、「視聴者を満足させる」ことを目的とした「良い番組=視聴率が取れる番組」を作り出すことが、テレビ・メディアという広告産業を突き動かしてきた。

「良い番組=視聴率が取れる番組」を作るためには「しかるべき予算=巨額な予算」が求められ、それを拠出する「スポンサー」は、金額に見合った宣伝効果を持つ「良い番組=高い視聴率」を期待していたわけだ。

「スポンサー」の期待を裏切らない説得力は、世帯普及率99%を前提としたテレビの日常性にあった。

50年以上にわたってテレビを中心に構成された私たちの情報生活。巨額の予算をかけて「高い視聴率=高い宣伝効果」を持つテレビ番組を作ることは、消費者に広く宣伝を計るための唯一にして最大の訴求力と可能性をもった広告手法であった。

しかし、2000年代に入り、スマートフォンが急速に一般化したことによって、その産業構造は一変する。「お茶の間」を前提とした生活に組み込まれた「テレビ」よりも、遥かに日常性とパーソナル性の高い一人一台以上・個人普及率100%以上の「ケータイ」がテレビ以上の情報機能を持ち、情報生活の中心装置になろうとしているからだ。

「テレビ」から「スマホ」への情報生活の中心装置の移動は、着実に、私たちのメディアへの接し方とコンテンツの楽しみ方を変容させた。

まず、クオリティを追求することが、必ずしも消費者にとって「良いコンテンツ」ではなくなってきた、ということだ。

そもそもスマホの小さな画面や動画配信サイトの低画質の映像を見慣れてきた層にとっては、高品質・高画質なコンテンツでも、作り込まれたコンテンツでも、わざわざ「自宅の受像機」で見るためのインセンティブにならない。

むしろ見たいテレビ番組があれば、放送後「誰かがどこかで」録画した番組を動画配信サイトに「素早く」アップロードしてくれることを期待しているだろう。画質や視聴環境は低下しても、いつでもどこでも好きな時に視聴できる「利便性」の方が、コンテンツの質よりもプライオリティが高くなってしまっている。

逆に、明らかに悪質なコンテンツが、明らかに良質なコンテンツよりも高い収益と経済性を持ってしまっている事例が、近年、急速に増加している。むしろ、従来のメディア・コンテンツ産業の従事者から見れば、「仕事をするのがバカらしくなる」というレベルだろう。

テレビは今まさに、新しく生まれてきた「新しい消費者層」に向けて、これまで積み上げてきたビジネスモデルの大きな転換を迫られているのである。

 

via: <クオリティが求められない時代>なぜ『巨大なテレビ』は『小さなネット・コンテンツ』に苦戦するのか?

 

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コメント

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  • コメント (2)
    • キジトラさん
    • 2014年 9月 19日

    ばーか

    • キジトラさん
    • 2014年 9月 20日

    最近のテレビのクオリティが低い事は言うまでもないけれど、をれを言ったら叩かれるのが目に見えているからね。
    最もらしい理由つけてテレビを持ち上げた方が食い扶持になるってもんよ。
    まあでも規制規制でテレビもやりづらいとこあるんだろうな、とはちと思う

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