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90年代~00年代前半のヲタクとヲタク差別

オタクのカミングアウト

オタクだと「カミングアウト」することは勇気がいる…そのような時代があったものだ、とヲタク精神科医のシロクマ氏が時系列まとめの記事を書いていました。キジトラ速報ではあまり「カミングアウト」していませんが、わたしもオタク趣味があるので、ピックアップ。



90年代~00年代前半

オタクやサブカルなどの歴史的背景・知識については、「融解するオタク・サブカル・ヤンキー ファスト風土適応論」を書いているシロクマ氏(熊代亨)にかなわないので、詳細は書きません…

 

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シロクマ氏は、以下のように解説しています。

 

 

  • ・90年代~00年代前半までは「オタク=恥」とスティグマになっていた
  • ・2005年の電車男以来流れが変わった

 

 

90年代~00年代前半といえば、わたしが幼少期・青春時代を過ごしていたころです。自身の経験を掘り起こしてみると、確かにオタクは人よりもどこか劣っているという感覚があったように思えます。

 

ただ、類は友を呼ぶという現象なのか、わたしの周りには割とソフトオタクなヤツが多かったように思えます。オタクとは対極にあるのに、ゲームをやるしジャンプ漫画について語る。いちご100%で誰が一番好きかとか雑談するなど…そういう人間が割と多かった気がする。

 

美少女ゲームがまだとても恥ずかしいモノであった時代、勇気を出して「ときメモ2」を購入して友人に伝えたところ、周囲でブームになったというほほえましい(?)記憶も…

 

FCやSFC、PCなど、家庭用ゲーム機が普及しだしていた時期だった関係もあるのかなぁ。サッカー部で女子たちにモテていたあいつらもゲームはやっていた…小中学生まではジャンプもみんな当たり前に読んでいたし…。オタクか否かがはっきり分かれだしたのは高校時代だった気もするなぁ。

 

大学に入ったぐらいから、オタク趣味にまったく興味を示さず嫌悪感を示す人が出てきたのも興味深い…いわゆる「サブカル」と出会ったのも大学時代だったように思えます。オタクと一般人の境目があいまいだったのは、私のジモトだけだったのかもしれませんw

 

シロクマ氏は、オタク差別が薄くなってきたのは2005年の「電車男」ぐらいからだ、と断言しています。うーん、でもハルヒのころくらいにはまだまだヲタへの嫌悪ってあった気がするんだよなぁ。

 

個人的には、「ヤンキー」層がワンピースにハマりだしたくらいから空気が変わったなぁと感じるようになりました。

 

オタクの変遷にも個人差・地域差などがあるのかもしれません。

 

記事引用

そうしたオタク差別を振り返る一材料として、以下に、「脱オタ」というムーブメントについて記憶を綴ってみる。

1.90年代の「脱オタ」サイトの記憶

 私が知る限り、「脱オタ」系ウェブサイトは98年には相当数が存在していたと思われる。当時、「脱オタ」を看板に掲げていたウェブサイトには幾つかのカテゴリがあって、

 1.オタク趣味から足を洗って、オタクを非難するサイト

 (=脱オタク趣味&脱オタクファッションサイト)

 2.オタク趣味から足を洗わず、容姿を整えて差別を避けようとするサイト

 (=脱オタクファッションサイト)

 3.とばっちりでオタク呼ばわりされるのを避けようとするサイト

 (=オタク差別のとばっちりを避ける為のサイト)

 などがあった。注目に値するのは3.の存在だ。趣味とは無関係に、身なりに優れない人間がオタク呼ばわりされて侮蔑される事があり得た、ということだ。オタクという単語それ自体がスティグマになっていた事を象徴していると思う。

 これらのウェブサイトは殆ど残っていないが、簡単なレビューは残っている。

 [参考]:脱オタサイト・オタク研究サイトレビュー集(汎適所属)

 これらを根拠として、当時のオタク全員が被差別意識を抱えていたと強弁するつもりは無い。だが、少なくとも一定の割合で、オタクであること、オタクと呼ばれることに悩んでいた人が存在していたのは事実だ。脱オタ系のウェブサイトは、そうした事実が具現化したもの(のひとつ)だった。

2.『電車男』と『脱オタクファッションガイド』

 転機が訪れたのが『電車男』のヒットと、これに端を発したオタクブームだった。芸能人がオタク趣味をカミングアウトするような風向きになると、オタクに対する風当たりも、オタクという単語に対するイメージも変わり始めた。今日に至る、オタクのカジュアル化・オタクという単語の軟調化の起点は2005年とみなして間違いない。

 「脱オタ」もこの時期最高潮を迎え、書籍版『脱オタクファッションガイド』は相当数を売り上げたと記憶している。このほかにもオタク向けのファッション指南書は幾つも発売された。

 「オタクだからモテない」「オタクだから差別される」という時代が終わりを迎えつつあった。ただし、「モテないのはオタクだから」「差別されるのはオタクをやっているから」という免罪符が失効しつつあったということでもあり、それを反映してか、この時期には「非モテ問題」が盛んに語られていた。

「屈託の無いオタクの出現」

 そこからは早かった。

 『涼宮ハルヒの憂鬱』のハルヒダンスがメディアを駆け巡り、『けいおん!』が大ヒットし、『新劇場版ヱヴァンゲリオン・破』では綾波がポカポカした。

 オタクという言葉からも、アニメやゲーム等を趣味とするライフスタイルからも、コンプレックスや屈託は大幅に減少し、“ライトなオタク”が現れたと言われるようになった。

 [関連]:「脱オタ」が無意味になる時代は来るか? – Something Orange

 [関連]:若いライトオタクの流入と、中年オタクの難民化 – シロクマの屑籠

 もちろん、オタクという言葉に負のイメージを託す人がいなくなったわけではない。年長世代においては、特にそうだろう。それでも90年代に比べれば大幅にラクになった。オタクだからという理由で屈折したり趣味をひた隠しにしたりする人も少なくなった。“一般人”“カタギ”“カミングアウト”といった言葉も、だんだん見かけなくなっていった。

 「脱オタ」という言葉もその存在意義を失い、過去のものになっていった。オタク趣味を隠す必要性が低下すれば、隠れてコソコソとアニメやゲームを嗜む必要なんて無い。後は、個々人のコミュニケーション能力の問題だ*4

あの時代を共有したオタクなら、たぶん、覚えているはず。

 以上、「脱オタ」の歴史を振り返りながら、オタク差別の風景について略記してみた。

 振り返ってみると、オタク差別の厳しかった風景を記憶しているのは、90年代~05年にアニメやゲーム等を熱烈に追いかけ、趣味生活を隠さなければならなかった(恥じなければならなかった)オタクと、その周辺世代ぐらいと思われる。1970~85年頃に生まれたオタクが直撃世代で、それよりも年上のおたくや年若いオタクには、あまりピンと来にくい話かもしれない。

 ただ、そういう時代は確かに存在していたし、私はそのように記憶しているので、この機会にまとめてみた。

 

via: 「あの時代」のオタク差別の風景と「脱オタ」について

 

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31d7b7f6b8b3754acd9e0e3de67030f4 90年代~00年代前半のヲタクとヲタク差別




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コメント

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  • コメント (1)
    • キジトラさん
    • 2015年 1月 14日

    オタクって別にいいとおもいます。
    自分がどうじゃなくて他人のことですから。
    好きにすればいいよ!と思っていました。

    その流れが変わったのがAKBのオタクの出現です。
    こいつらは単なるアイドルオタのキモイオッサンなのに
    何だかんだ理屈つけて自分を正当化しようとします。

    前田敦子がキリストを超えた?
    握手会をやれば世界から紛争がなくなる?
    高橋みなみに総理大臣をやってもらえれば日本はよくなる?

    今のオタクのイメージって最悪だと思います。
    オタク=キ○ガイ。そのまんまなんですよ。

    アイドルオタクがオタクのイメージを更に悪くしたガンだと個人的には思ってます。
    きしょい。キモい。ムカつく。あらん限りの罵倒を浴びせたいです。

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