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常識と知識

「常識」「知識」

自分の中の常識は、世間一般の常識とは限らない。これって常に意識しておくべきことなんですけど、時々失敗を犯してしまうこともあります。自戒。

 

ブロガーいいんちょ氏が、「常識」「知識」について面白い記事を書いていたのでピックアップ。



人の知識に不公平な人

「人の知識に不公平な人」 この表現が面白い…記事で紹介されているエピソードは、割と「あるある」的なものですが、図がまた興味深いw

 

 

  • 自分の知っていること=価値が高い情報・常識
  • 自分の知らないこと=価値が低い情報・「ほーん、で?」

 

 

…こういう傾向、自分にもある気がするので気をつける必要があるなぁ…。

 

興味って人それぞれだから、知っていて当然と思うことであっても、世の中ではそうでないこともある。会社の常識は非常識って言葉もありますし…本当の常識ってなんなんだろうなぁって思いますねぇ。

 

常識

ちょっと、「常識」という言葉でググって、辞書上の定義を確認してみました。

 

「一般に学問的知識とは異なり,普通人が社会生活を営むためにもち,またもつべき意見,行動様式の総体をいう。これは経験の集積からなることが多く,時代や場所や階層が異なれば通用しないものもあり,多分に相対的なものである。 本文は出典元の記述の一部を掲載しています。」

 

時代や場所、階層(クラスタ)が異なれば通用しないこともある。辞書にはっきり書いてあったw 常識は常に常識とは限らないってのが社会生活を営むために持っておくべき「常識」なんだろうなぁ。

 

どのようなグループに属している人間なのか、どのような生活をしている人なのかってのを考えながら、臨機応変に「常識」のラインを変更していくってのが必要なんでしょう。難しいけどねw

 

義務教育の内容

こういう意味では、義務教育で教えているか否かって割と大事な基準のように思える。小中で教えられていることは、常識って言ってもいいんでしょう。もちろん、それを知らないからって見下してしまうと、しっぺ返しが必ずあるけど。

 

高校や大学で学ぶこと、社会に出てから学ぶことってのは、実は「常識」じゃないことのほうが多い気もする。

 

家庭の中の常識

個人的にちょっと厄介なのが、家庭の中の常識・生活の常識ですねぇ。わたしの家、バスタオルを使わないんですけど、そういう家庭って10%くらいしかないんですよねぇw こういう部分の違いについてうるさい人間になると、結婚生活とか大変なんだろうなぁとは思う。かくいう私も、共通点よりも相違点の方に目がいってしまうタイプなんで、本当に気を付けないといけないなぁ…。

 

1日の仕事を終え、ゆっくりお風呂に入って疲れをとる…まさに至福の時です。そんなお風呂タイムについてしばしば日常会話の話題になるのが、「バスタオルを毎日替えるか?」という問題。筆者は毎日替える派なのですが、これ、人によってまちまちですよね。

そこで今回は、アンケートサイト「みんなの声」で1万7002人を対象に実施された「バスタオル、週に何枚使う?」というアンケートの結果を紹介していきましょう。(アンケート調査期間:2014年8月1日~2014年8月15日)

はたして、世間のみなさんはどれくらいのペースでバスタオルを替えるのでしょうか?

「バスタオル、週に何枚使う?」

1位 7枚:38.8%
2位 バスタオルは使わない:13.9%
3位 2枚:10.2%
4位 3枚:9.7%
5位 1枚:8.7%
6位 8枚以上:7.3%
7位 4枚:4.2%
8位 1枚を1週間以上使いまわす:2.8%
9位 5枚:2.3%
10位 6枚:1.5%

 

via: 【バスタオル使い回し調査】11.5%が1週間以上使い回すと判明!毎日替える派は? – エキサイトニュース

 

ちょっと話がそれてしまいました。「世の中の常識ってなんなんだろうなぁ」って発想よりも、「相手にとっての常識はなんなのか」って発想のほうが大事だし、それを察することができる能力って一種のコミュニケーション能力なんでしょうねぇ。

 

記事引用

「自分の知っていること」と「他人の知っていること」の間で、不公平な態度をとる人がいる。

もう数年前になるが、ある会合でこんなことがあった。

 

「内田康夫も知らないんですかぁ???」

 

珍しいものでも見るように目を見開き、こう言われたことがある。「知らないんですかぁ???」には、驚嘆と侮蔑のニュアンスが込められていた。

そういえばブックオフの文庫コーナーの「あ行」でやたら売りに出されてるなとか、それぐらいの知識未満の記憶しかなかったので、その場は流したがしかし、その人の「知らないんですかぁ???」があまりに強烈だったため、不安になって家に帰って調べてしまった。

でも、こう言う人に限って、こっちが同じ「え、阿部和重を知らないのか」という知識の穴ぼこを見つけても、「ほーん、で?」という顔をされる。何なんだそれ。「ほーん、で?」という顔がふてぶてしすぎて、こちらは何も言えなかったのだが。

いまでもたまにこの話を思い出すから、個人的によっぽど衝撃的だったんだと思う。

 

これは教養の有無とか、そういう堅苦しい話ではない。その人の中で、知識がどのような秩序をなしているか、という話だと思う。

 

自分の既知のことを相手が知らない場合は驚き、自分の無知には関心がない。こういう人の中では、たぶん自分の「常識」を筆頭に序列が出来ているのだと思う。

図にすればこうだ。

20141212220055 常識と知識

 

「自分の知っていること」ほど知識として価値が高く、「自分の知らないこと」ほど知識として価値が低いのである。

でもこれは、もちろん嘘っぱちだ。知らないことに価値がないだなんて、余程の博覧強記でないとそんなことは言えない。

 

上図は少しよく書きすぎたかも知れない。

20141212220405 常識と知識

 

本当はこうかもしれないではないか。

 

ぼくからすれば、こうした秩序は非常に危険だと思う。

なぜなら、自分の興味関心に外れるものはこの階層の上の方になかなか上がってこない可能性が高いからだ。自分が「知らないこと」が上がって来ようとするたびにはじかれ、ピラミッドの底辺にある「ほーん、で?」の階層に落とし込まれてしまう。

ネットのある今の時代、非公開でないかぎり情報の価値なんてすべて平等に無価値だ。問題は、それをどうやって活かすかであって、活かすためにはやっぱり選り好みしない情報収集が必要になる。

自分の常識の砦をいくら誇っていたって、それは結局は砂上の楼閣に過ぎないんだよ、と数年遅れて負け惜しみを言ってみる。

 

via: 人の知識に不公平な人っていない?

 

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